真相/緋村剣心、神谷薫、相楽左之助、明神弥彦 異端/緋村剣心

 左之助によって剣心が実は女の剣客であった、ということが暴かれたその日。

 剣心 は薫たちを道場に呼んだ。斬れた男物の着物は薫が用意してくれた新しいものに変え、逆刃刀はいつでもとれるよう、どの剣客がするように自分の左側に置き、 正座をして、全員が集まるのを待つ。何事かと薫たちは剣心に呼ばれた道場の方に集まる。剣心はそれぞれ座るように言い、軽く息を吐く。


「…突然のことで、混乱しているのは致し方ないことでござるとは思うが・・・」

 剣心がそう切り出して、自分が女であることの説明を始める、そのことが一番にわかったのは左之助だったかもしれない。

「…剣心。いきなり本題に入るが、いつから男装の剣客をしてるんだ?」

 一番戸惑っているのもやはり左之助を置いて他にない。その左之助が順を追わずに聞きたいことを真っ先に質問する。

「…拙者がまだ師匠の元で修行を・・・いや、師匠が拙者にあったときから、拙者は剣心と名乗り、果ては抜刀斎と言う志士名までついたでござる。…師匠と出会ったのは4歳くらいのはず。もう24年近くは緋村剣心でござるよ」

 剣心は静かにいつもの侍言葉で左之助に質問の答えを告げる。

「…緋村抜刀斎と呼ばれるようになったのは、剣心が14歳から19歳まで人斬り稼業をしていた5年…より短いかも知れねぇが…その間にだって抜刀斎が女だったってことは…」

「数少 ない人が知っているだけでござる。例えば師匠、例えば斎藤一。官軍に対しての人斬りとして狙っていた要人たちは仮に女であることがばれたら常にそして確実 に抹殺していたでござるから…長州派維新志士としての緋村抜刀斎に与えられた仕事以上の人間を斬ったのは事実でござるよ」

 剣心がそこまで言うと、左之助がえらい人間を『友』と見ているんだと軽くため息をつき、自分の中で整理をする。

「剣心は4歳からいくつまで剣の師匠といたの?そのあとはすぐに人斬り稼業に?」

 左之助が次の質問を考えているその瞬間をついて、薫が訊ねる。

「…拙者が師匠の下にいたのは9歳 くらいまで。そのあとはかの坂本龍馬と行動を共にしたり、部分的ではあるが必要に応じて、共闘相手であるはずの新撰組と手を組んだこともあるでござる。ゆ え、斎藤とも面識があると言うことにつながるわけでござるが…最終的には斎藤とは…新選組の隊士たち数名とは刀を交えたでござるよ」

「その頃から、すでに飛天御剣流を使っていたのか?」

 剣心が過去のことを思い出しながら話をしていると、疑問が次々と出てくる。一呼吸つかないうちに今度は弥彦が質問してくる。

「未完成の飛天御剣流でござるがな。今もって、拙者の振るう飛天御剣流は未完成でござる。…が、師匠とは喧嘩割れし、破門、勘当当然の状態で出てきたため、おそらくはこのまま拙者の代で、飛天御剣流は消滅するでござろう」

 剣心がそう言うと、その場にいる三人がどういうことなのかと言わんばかりに剣心を見る。

「…完全な飛天御剣流は師匠の代まで。弟子は一人しかとらぬし、飛天御剣流自体、存在も知らない者が多い流儀。師匠がこのまま何もしなければ師匠の代で飛天御剣流は終わるでござる」

「だけど、剣心だって飛天御剣流の使い手でしょ?それなのになんで・・・?」

「…師匠は拙者より背も高く体格もしっかりしていたので、その心配はないでござるが、今の拙者が飛天御剣流の技を繰り出すのは諸刃の剣。技に比例し、体は壊れていくでござる」

 薫が飛天御剣流について触れると、すでに次世代に飛天御剣流を継ぐ者はないと剣心は答える。そして、三人は「剣心の体が壊れる」理由を確認するため、誰もしゃべらず剣心に集中していた。

「…拙 者はただでさえ体が小さいうえ、女である身。技の負荷は確実に体にも返ってくるが、体が頑丈ならばそれで吸収もできる。しかし拙者の体は返ってくる負荷に 耐えられない。…今ももう、拙者の骨にはおそらく、小さなひびが入っているに違いないでござる。…故に、未完成な飛天御剣流をこのまま…仮に師匠の下で完 全な飛天御剣流の修行をさせていただいたとしても、拙者の体がその飛天御剣流の完全な形に耐えられるかは謎でござる。…そういう意味でも、もしかすると師 匠は拙者が後継を見つける前に拙者の身体が壊れるのを承知で、飛天御剣流を伝授したのかもしれぬでござる」

 剣心が今、自分で感じてしまっている違和感の謎が、話すうちに「骨が負荷に耐えられない」その答えに行きつき、自分でも納得したように話した。

「…だけどよぉ、剣心は今だって飛天御剣流の技を出すことはできてるし、場合によっちゃあ、身体が悲鳴を上げる前に、剣心自身が願う維新が達成するかも知れねぇじゃねぇか。なのに、身体が壊れるよう差し向けて、伝授したなんて、おかしいぜ?」

 詳しいことはわからない。だが、自分なりに考えると、そう前置きをしたような口ぶりで弥彦が質問する。

「…正 直言うと、飛天御剣流のすべての技の内、いくつかはすでに出すには負荷がかかりすぎる技もあるでござる。…それに、維新がなれば飛天御剣流のような、殺人 剣はおよそ必要がなくなる。…目的は暴力、極意は殺生。とか、剣は凶器、剣術は殺人術、どんな綺麗事やお題目を並べてもそれが真実。師匠から『これだけは 絶対に肝に銘じ、剣を振るえ』と散々言われたでござる。なにより、飛天御剣流は『自由の剣、どんな勢力、権力にも与さず』と言うのが一番の理でござる。 が、拙者は人斬り抜刀斎とまで呼ばれるようになるまで飛天御剣流を駆使してしまったでござる。…これに対し、師匠がなんというかは未知数でござるよ」

 剣心はそう言って弥彦の質問に難しい言葉ながら答える。

「いずれにしても…拙者は女を偽り男装している身、男性が出来ないことが出来る場合があると同時に、弥彦や左之助ができることが拙者には出来ないことがたくさんあるでござる」

 剣心はその辺りの葛藤を繰り返して、飛天御剣流の修行に耐えたと言いたそうな口ぶりで話をする。

「…どちらにしろ、剣心は女であることに変わりはねぇ。及ばずながら俺が剣心の『出来ない部分』を代わりにしてやる」

 左之助は剣心の圧倒的な強さと器用さ、刀のさばき方などを見る限り、自分がしゃしゃり出ることは必要ないと言いたかったが、それでも剣心の言う通り、女故に出来ないことは多々ある、それをフォローすることはやむを得ずと言いたそうな、悔しそうな表情で剣心に言った。

「…でも、なぜ剣心は男装まで…男と偽ってまで、るろうにとして旅を・・・いいえ、その前に、人斬り抜刀斎、それより以前の緋村剣心を演じ続けていたの?」

 女として、剣客ではなくても、何かしらの形で貢献することはできただろうし、坂本龍馬と会っていたならば、明治維新そのものの瞬間にも立ち会っているはず。なのにそこまでして男装の人斬りをしてきたのか、薫たちにはそんな疑問が残る。

「・・・ 難しい質問でござるな。正直、拙者にもその理由はわからん。が、誰にも負けるわけにはいかなかった。自分の血刀の向こうに、平和な世があるならば、人斬り のために飛天御剣流を使うのもやむをえまい、そう思っていたのは事実でござる。拙者が負ければ明治の世は訪れなかっただろうからね。いつ死んでもかまわな い、けど、明治維新がなるまでは人々のため、明治を生きる大勢の人たちのため、負けるわけにはいかなかったし、拙者自身『女だから』と言うだけで人斬りを 辞めると言う選択肢はなかった、と言うのが格好のいい言い訳なのでござろうな」

 剣心 は複雑な心境を明かす。だが、剣心自身にもその答えは見えない、話の論点が一点に集中していない部分を考えると、正確な意味もなく、『緋村剣心』を、『人 斬り抜刀斎』を、何より男としての自分を演じていた、と言うことなのかもしれない。剣心はそんなことを考えながら、薫の質問に答えた。

「どちらにせよ、今の拙者を見れば、師匠は激怒するでござろうし、官軍の御旗の下で拙者を初めとした人斬りに暗殺された人々がこのような生き方をしていて、呪わないはずもないでござろうな」


 しばし、なんとも言えない空気が流れる。そして、「この時間は終わり」と言うような左之助の一言で空気がまた別の方から流れ始める。

「そーいや、剣心。お前さんの使う流儀は『剣術』の『飛天御剣流』だよな?時々、刀を振らずに打撃が出てくることがあったんだが…いろいろな場面でよ?ありゃあ、なんでぇ?」

 苦虫を潰したような表情からはたと思い出したように、左之助が剣心に質問する。剣心はそこまではわからなかったと思っていたようで、少し驚いた顔をしていた。

「…左 之はそこまでわかっていたでござるか。あれは飛天御剣流の裏の技でござる。刀を飛ばされることや取り上げられる、もしくは折れることがあるでござるが、そ う言ったときに対処するための体術でござるよ。左之の徒手空拳と違い、技の名こそないものの型在りきでつくられている技でござる」

「ってーと、今の剣心は逆刃刀なしでも多少は体術で対抗できるってことか?」

「…だからと言って、相当こちらが全力を出さねば左之の徒手空拳には通用しない体術ではござるが…師匠に叩き込まれた『神速』を駆使する拙者の体術であれば、多少は抵抗できるかとは思うでござるよ」

 思い出したと言う話だったが、剣心の今の話では確実に刀を取るために体術を駆使することはあると言うのである。それを聞いた左之助はわくわくして、パンと手のひらに拳をぶつける。

「…左之、拙者だからできる技であって、師匠は強引に蹴りなどで相手の軸をずらして刀を取っていたでござる。これから出す技のいくつかは拙者が編み出している技でもあるでござるし、その気になれば体一つで人を殺せる技にまで昇華したものでござる」

「けどよぉ、体術には変わりがねぇだろ?だったら俺と勝負してほしいものだな」

「ちょ、ちょっと左之助、相手が女の剣心だってことわかっていて言ってるの!?

 喧嘩屋の血が騒ぐのか、左之助は剣心が体術を使うと聞き、居ても立っても居られない状態だった。それをたしなめるように薫が言うが、苦笑いをして剣心は、刀を帯刀せずに立ち上がる。

「正直言えば、左之より拙者の体術の方が多分上ではないかと見るでござるよ。…まぁ、やってみればわかるでござるがね」

 剣心はそう言って、薫や弥彦が座っている場所から少し離れ、左之助と対峙する。

「さすがは剣心。んじゃあ、いくぜっ!!

 初め の合図を待たず間髪入れずに左之助は右腕で殴りかかる、それを剣心はあっさりと両手で止めると、後ろに流れる反動を使い、両足を回転するように蹴り上げ る。その時、右足だけはまっすぐに伸ばしていた。自然、左之助が放った右手のパンチから出た力は剣心の腕から、身体の中心である腰を真ん中にくるりと回 り、伸ばしていた右足は、左之助の顎にヒットする。剣心はその勢いのままで着地した。左之助はそれでも上にかすかに浮いた顎を強引に正面に向けると、ふた たびパンチを繰り出した。かのように見え、実は左之助の左足が剣心の腹部を狙う。剣心はパンチを緩く受け止め、下から鋭く突きあげる膝を左の拳手止めてみ せると、瞬時に止めてあった腕に自分の腕を絡ませて、左之助を地面に這いつくばせる格好になる。同時に左之助の肘を逆間接に極めて、肩は無理に動けば脱臼 を引き起こす体制で止まる。

「まったまった、剣心、本気で間接極めんな」

 半分はあきれ声だったが、冷や汗をかいている左之助が剣心の身体をポンポンと叩き、勝負は決したとばかりに声をかける。剣心も慌てて左之助の逆間接を解く。

「…なるほどな。さっきの逆間接なんかの組打ち術は身体のちいせぇ剣心にはもってこいの技だな。…自分で考えだしたって?」

「一応は」

 剣心は短めに言って、左之助を簡単にねじ伏せたのを少し後悔した。それを汲んでか、左之助は剣心の肩をたたきながら「気にすんなよ」と言って見せる。

「…どちらにせよ、拙者はこんな…人を確実に殺すための技ばかりを身に着けた、危ない女でござる」

 何となくうつむきながら、剣心はそこにいた三人に伝える。



??/鵜堂刃衛 誘拐/神谷薫 異端/緋村抜刀斎

 その日に限って、剣心と左之助は薫に頼まれた買い物をしに街に出ていた。その二人を慌てた様子で探すのは弥彦だった。

「やっとみつけた、おい、剣心、左之助!!

 弥彦は街中をあちこち走り回ったようで肩でぜぃぜぃと息をしながら、二人の前に姿を見せる。

「どうしたでござる、弥彦?」

「薫が…薫が誘拐された!!

 その弥彦の手には、一枚の手紙が握られていた。


 東京の中心地はずいぶん賑わいがあり活気づいていたが、一歩郊外に足を運ぶとまだまだ田園に小さな木造の家などがあり、寺社仏閣についてはさびれてしまったところさえあった。

 弥彦の持っていた手紙には、薫をさらった、郊外のさびれた寺まで抜刀斎一人で来いとの指示がなされた内容が書いてあった。弥彦が少しだけ目を離した隙に薫の姿は無くなっていたと言う。剣心は道場を左之助と弥彦に任せると、手紙に指示のあった寺に向かった。


「うふふ、そう睨むなよ、お前を誘拐すれば抜刀斎は必ず来る。…お前だって抜刀斎が来ることを望んでいるだろう?安心しろ、抜刀斎だけでここまで来いとわざわざ書き残したんだ」

 そこ には黒の着物、黒い笠、刀と脇差を携えている全身が黒づくめの男と、後ろ手に手を縛られた薫の姿があった。刃衛は余裕を見せているのか、焚火をしながらそ の火にあたりしばらく己の身体を温めていた。そうすること数分、赤い着物に白の袴姿の剣心が姿を現す。だが、すぐに薫に駆けつける様子もなく、どこか俯き 加減で何かと闘っているようにも見えた。


「んん?怒っているな」

「…ああ、薫殿を巻き込んだ貴様と、それを阻止できなかった俺自身にな」

 一目見るだけで、剣呑としていた剣心とは別人-緋村抜刀斎-であることが容易に見て取れる。

「…緋色の髪に左頬の十字傷。伝説の人斬り、緋村抜刀斎」

「すぐに薫殿を開放しろ、逸れ人斬り鵜堂刃衛」

 お互 いの名を呼び合うと、刃衛は薫の方に近づく。解放しようとしているのか、剣心は少しだけそんな期待を持ったが、かつては新撰組隊士であったにも関わらず、 必要以上の人を斬り殺したために新撰組からも命を狙われるようになった刃衛。そのためついた二つ名は「はぐれ人斬り」。気に入らない相手は確実に斬殺して きている人斬りでもあった刃衛がそう簡単に薫を開放するはずがない。剣心は次の瞬間にそう感じ取ると、一気に刃衛との間合いを詰める。

「ふん、なんなら立ち戻ってしまえ、抜刀斎!!貴様も俺と同じ人斬り、奥底に眠る血を欲する自分を呼び覚ませ」

 刃衛は剣心が薫を抱えられる距離に到達する寸前で、薫の背中を蹴りつけ石段から薫が転げ落ちる。

「薫殿!!

 慌てて薫の元に駆け寄ろうとするが、その間に刃衛が割り込む。

「刃衛ぇー」

「話をしている暇などないぞ、語りたくばその剣で直接語れ」

 剣心 が薫の元につく前に刃衛は剣心に斬りつける、それをよけると、刃衛は右から左からと斬りつけていく。剣心もそれに対抗して、刃衛の刀を往なすが、殺そうと する刃衛の剣と、自分と薫を守る剣心の剣とでは、明らかに狙っている場所が違い、剣心の方が多少苦戦する。だが、刃衛とて流派のある剣術を使う身、我流で 剣の道を行くことはなかなか果たせない道であり、それが出来るころにはすでに歳を多く取っていることが多いと言う。

 流派の型に沿って刀を振るう刃衛の剣筋を見切る剣心は、一旦自分の身体が下がるのを逆刃刀で止めると、そのまま刃衛が右袈裟に斬りつける剣筋を見切り、柄でその剣をはじいてみせる。

 が、その瞬間に苦しそうな声を上げたのは意外にも剣心の方だった。

「ぐぅっ」

「背車刀(はいしゃとう)までは読めなんだか」

 刃衛 の繰り出した技は、大きく弾かれた刀を背中に回すと、右手で持っていた刀を背中に回した左手で柄を握りなおし、左手で突きを繰り出す技だった。剣心の左 肩、鎖骨辺りで刀は止まっていたが、もう少し上下左右にずれていれば、心臓にその刀が刺さる可能性も多くはらんでいた。

 剣心は身を引き、刃衛の刀を抜くがあまりに急に刺されたことで、少し力が抜ける。

「まだだ、お前はまだ人斬り抜刀斎にはほど遠い、人質はあくまで立ち戻らせるための人質だったがこれも予備に使うことが出来るか」

 刃衛がそう言うと、薫の方を向き一点をじっと見つめる。本来であれば、薫が刃衛の瞳から逃れていればかかるはずはなかったであろう技だが、総じてかわすことが出来ない技でもあった。

 その瞬間、薫は引きつった声を上げ、そのあとはただ苦しそうにうめくだけだった。

「…心の一方を強くかけた。…肺機能がマヒする程度にな。このままであの娘が生きていられるのはあと二分、と言ったところか」

「貴様・・・」

 剣心 はそのな刃衛に対し、ふっと姿を消すと先程の刃衛と同じように右袈裟に逆刃刀を斬りつける。だが剣心の持つ逆刃刀は衝撃があっても傷はできない。それを 知っての刃衛はかわすことをしなかったが、それが誤算となる。剣心は斬りかかった瞬間に、刀の鍔元で刃衛の肩口にそれこそ刀を当てる程度の強い衝撃を与え ない代わりに、軽く飛び上がると刃衛の鳩尾に強烈な膝蹴りが炸裂する。「ぐっ」とうめく刃衛をよそにそこからは刀で乱打するかの如く、ただ確実に命を奪う 九つあると言う剣の切り口を狙い斬っていく。同時に刃衛の膝を正面から蹴って逆間接に持って行ったり、刀をあえて片手で持つと、剣心から離れる刃衛を引き 寄せて再び鳩尾に、そして、肩口に先程と同じように刀の鍔元を置くと今度は飛び上がり、刃衛の左の首に、飛天御剣流での神速を使って膝蹴りを見舞う。

 その間、刃衛は刀を持つ手を剣心に持たれたり、刀で斬りに行っても弾かれたりして、何もできずにただ剣心の技を受けるしかなかった。

「飛天御剣流、龍巣閃(りゅうそうせん)…それと、影技朱雀(かげわざ、すざく)

「…影技、だと?」

 刃衛は剣心の言う技の中で、初めて聞く技の名を聞き、疑問符をつけるがそれに対して剣心が答える気はない様子だった。

「刃衛、薫殿にかけた心の一方を解け!!

 剣心の乱打はまだまだ刃衛と死合うには甘いとばかりに多くの逆刃刀と蹴りの乱打を使った技で力量を見せつけるようにしていたが、刃衛はまだ笑っているようにしか見えなかった。

「…うふふ、無理だな。もう俺が解くことはできん。助かる方法は二つに一つ。自力で解くか、術者を殺して剣気を解くか」

「・・・ならば」

 剣心 はとても薫一人で心の一方が解けるとは思わなかったのか、神速で刃衛に近づき斬りにかかるがそれを刃衛は逃げ出すことで回避する。剣心との間合いを十分に とった刃衛はそこで剣心と斬り合うが、剣心の方は巧みに逆刃刀の剣撃と蹴りや腕を使った技を繰り出してくる。だが、刃衛も負けずあらゆる方向から蹴りや殴 りかかることで、背車刀が使えないリスクを負っても、剣心ほどの軽い人間ならばやすやすと蹴って、遠くに放り出すことが出来た。

 剣心 が幾度となく刃衛に蹴り飛ばされるうちに、着物が刀で徐々に切り裂かれ、ギリギリでよけ攻防する剣心の着物がはだけてゆく。当然剣心の晒が徐々に露わにな ると、刃衛は驚いた様子で、剣撃、そして蹴りを使いながら、確実に剣心の上半身の着物をずたずたに切り込んでいく。そして、ふと剣心の気が薫に向いた瞬間 を刃衛は見逃さず、先ほどの背車刀で傷つけた場所に脇差を突き立てる。

「…ほほう・・・伝説の人斬り抜刀斎は実は女だったと言うのか」

 剣心の晒が腹部だけでなく胸の部分まできつくそして今で言う防刃ベストのような役割も持つように巻かれたその姿を見て、刃衛が声を上げる。だが、剣心はその状態にあっても特別変わった様子は無いように見える。そして、いつもの女口調が姿を現す。

「…緋村抜刀斎が女だからなんだと言うんだ。男だけが刀を振るうのが当然とは言わせんぞ」

 剣心がそう言いながらユラリと立ち上がると、先ほどとは明らかに違った表情と、今までに聞いたことのない、女の剣心はおろか、緋村抜刀斎でさえ出すことのあるのかと疑うような声で刃衛に告げる。

「…遊びの時間はもう終わりだ、殺してやるからかかってこい!!

 剣心は女剣客の時間が今回は短かった。そして「殺してやる」と言ったその剣心の瞳はどす黒い生血を拝むためのような濁った瞳をしていた。

「ふふふ、『殺してやる』か、いいぞ抜刀斎。貴様が女でもかつての人斬り様が健在であれば俺は十分に・・・」

「楽しんでなんかいられんよ、貴様は俺が殺すんだからな」

 その 剣心の言葉が終わったとき、二人は一閃で切り付ける。そのあとからは再び乱打戦が始まるが、剣心の神速の剣の方が確実に上回っていて、刃衛を徐々に追い やっていく。そして、刃衛の背後を取ったとき、刃衛が振り向く猶予を与えず剣心は刃衛の正面に回ると、刃衛が斬りつけるのを高く飛び上がり、頭上から逆刃 刀を一閃させる。余りの衝撃に刃衛は瞬間的に気を失いうつぶせになるように倒れる。気を失うこと5秒と言ったところか、腰を曲げず、肩を何かで引っ張られるかのようにして刃衛が立ち上がる。

「さすがは刃衛だな。あの高さからの龍槌閃(りゅうついせん)を喰らったにもかかわらず、顔面血だらけで立ち上がるとはな」

 剣心は晒姿になっても剣心ではなく、抜刀斎と思わせるように刃衛にそれまでと変わらない口調でしゃべっていた。

「うふふ・・・。頭が割れたかと思ったぞ、だが、人を殺すにはそのけったいな刀を返さねば一向に殺すことなどできん、抜刀斎、いい加減こっちにこい、そして俺を殺せ」

 その刃衛の言葉をきっかけに剣心は抜き身の逆刃刀を一度血を飛ばすように振ると、ゆっくりと鞘に納刀していく。その様子を刃衛は見ると、さらに歓喜に震えたようにうれしそうな顔を見せる。

「それが抜刀術の構えか」

「貴様に冥途の土産など持たせる気にもならんが、俺が抜刀斎と呼ばれる所以を見せてやる」

 剣心はそう言うとゆっくりと納刀した逆刃刀を右手の近くに柄を持ってきて、鞘も少し前の方に持ってくる。

(どんな抜刀術だ!?…だが、あの逆刃刀だ、鞘走りは峰になって太くなっている分、抜刀の速度は遅くなる、一撃必殺の抜刀術、その一撃をかわせば俺に勝機はある。そうすれば伝説の緋村抜刀斎は俺が殺()れる!!)

 刃衛は瞬間的に剣心の抜刀術の構え、逆刃刀の弱点を確認すると、わざと大きめに刀を振り、剣心に突進するように走りこむ。

「おおおおおっ!!

 剣心 は腹に込めた声を上げると、神速で逆刃刀を刃衛の首めがけて振りぬく。が、瞬間刃衛はそれを無理やり立ち止まることでやり過ごすと、しめたとばかりに刀を 振り下ろす。その時、刃衛の刀を持つ右腕がぐにゃりと曲がり、ボキッと言う音とブチッと言う二つの鈍い音がして、刃衛は刀を離さざるを得なくなる。刃衛の 右腕の肘は本来の角度とは違い、内側に曲がる。

「飛天御剣流抜刀術、双龍閃(そうりゅうせん)。右腕の肘関節と腱を絶った、貴様の剣客人生もこれで終わり、そして・・・」

 刃衛が少々放心気味だったが、剣心の声を聞き、我に返ると左手で脳天を指さす。

「そうだ、抜刀斎、ここに一撃叩き込んでくれぃ!!

 刃衛が言うが、剣心はどこかで「緋村剣心」と「緋村抜刀斎」が拮抗しているようでなかなか逆刃刀の刃の部分を振り下ろすことが出来ないでいる。

「さあ、抜刀斎!!その刀を振り下ろせ!!

「…そうだな、薫殿を助けるために、俺は幕末を生きた女人斬り、緋村抜刀斎に今一度戻ろう、死ねっ!!

 そう言うと剣心は刃を刃衛に向けて振り下ろす。が・・・

「だめぇーーーーー!!!!!!

 うめき声しか出せない薫が突然剣心の気持ちをも取り戻させる声を張り上げる。それを聞き、剣心は刃衛の頭に刃を下ろす手を止め、薫の方を振り向く。薫は肩で息をしながらも、肺機能のマヒを開放していた。

「フン、あんな小娘まで心の一方を解きやがったか。俺の剣気も落ちぶれたもんだな」

 刃衛が捨て台詞のように言っていたが、剣心は薫の元に走っていて刃衛のその言葉を聞くことはなかった。

「薫殿!!大丈夫でござるか!?

「…私は大丈夫、だから、人斬りに、抜刀斎に立ち戻らないで」

 そこまで薫が言ったとき、剣心は今まで怒りだけで行動し、完全に緋村抜刀斎に戻っていたことを思いだす。フッと剣心は軽く笑うと、薫に告げる。

「大丈夫でござる、もう緋村剣心に戻っているでござるよ」

「…何が緋村剣心だ。貴様はいつの時代になっても人斬り抜刀斎のままだ。人斬りの俺が言うんだから間違いない」

 いつの間にか剣心の後ろに左手で刀を持ち、刃衛が立ち上がってきていた。

「…刃衛、もうよせ。左腕だけでは刀は振るえまい」

「…そうだな、だがまだ後始末が残っているさ」

 そこまで刃衛が言うと左手で刀を振り上げ、剣心の方に振り下ろすようにする。右側にある逆刃刀をいつでもとれる状態に手を添えた剣心だったが、刃衛は自分の心臓に刀を突き刺す。

「うふふ、いいねぇこの感触。…腑抜けた人斬りなどに、俺の生も死もくれてやらん、人斬りが命を取れんとは、抜刀斎も終わりだな」

「…ああ、拙者は緋村剣心、抜刀斎ではない」

 剣心の最後の言葉が聞こえたかどうかはわからない。だが、そのまま刃衛は倒れた。