邂逅/緋村抜刀斎(緋村剣心)、斎藤一(藤田五郎)


 明治11(1878)、東京府。

「明治維新と言っても、そう簡単にこびり付いた時代の流れはそう簡単にはぬぐえぬか」

「そう言うお前はどうなんだ、抜刀斎。腰に差しているのは俺たちと同じ刀じゃないか」

 一人は背が高く、警官の制服を身にまとっていて、左の腰には侍が帯刀していた形とは違うものの日本刀を帯刀して、西洋製のたばこを吸う男と、侍らしい格好に、脇差こそないものの刀を帯刀している、隣の警官の肩ほどまでしかない身長の男が並んで歩いていた。

「…拙者も時代の流れからは逃れられぬ者の一人ではござるが…残念ながら、この刀は人を斬るための刀ではござらんよ」

 背の小さい、警官に「抜刀斎」と呼ばれた男は自分の左頬にある十字の刀傷と、帯刀する刀の柄を持ちながら、警官に言う。

「久しぶりに抜刀斎の姿が見られたかと思えば、人が斬れない刀だと?…人斬り抜刀斎と呼ばれた男が…腑抜けたか?」

「どう思おうとそれはお主に任せるでござるよ。結果、拙者では守れない者がいても、この目に留まる者は守っていけるでござる。…それらの人々を守るための刀でござる」

 背の低い抜刀斎と呼ばれる男が警官の質問に言葉をつづけた。

「ところで、よく探したでござるな、拙者の居場所を・・・」

「…偶然さ。本来は俺が裏から手を回す予定だったが、お前がたまたま東京に来てくれたおかげで、俺が手を回さなくとも、合理的に奴らを逮捕できるようになった」

「…新撰組が京都の治安を守る集団であれば、今度は警察で役人の護衛と治安維持か、お主も拙者同様似た様なものではないでござらぬか、斎藤」

 抜刀斎が、警官を斎藤と呼ぶ。


 左頬に十字傷、緋色の髪の侍はかつて「人斬り抜刀斎」として幕末に恐れられた人斬り・緋村抜刀斎。

 もう一人の警官は、同じく幕末に京都で治安維持をもとに刀を振るう集団「新撰組」に所属していた、新撰組三番隊組長、斎藤一だった。斎藤に至っては、明治を否定していながら、実力を買われて、藤田五郎と言う名を名乗っている。


「して、お主が拙者を使って内部調査をしたいと言うのが・・・」

 抜刀斎が足を止め話の続きをする。止まったその場所には、えらく広大な敷地に洋館の立っている場所だった。

「この洋館の持ち主、そして、非合法に阿片精製と西洋武器の密輸をしているのが武田観柳、端的に言えば単なる悪徳商人なんだが…」

 斎藤はそこまで言うと、一度言葉を止める。不思議そうに抜刀斎が斎藤を見上げると、苦虫をかみつぶしたように納得できないと言いたそうな顔を斎藤はしていた。

「…警察の介入では、尻尾を現さぬか」

「そこ でお前に手を借りようと思ってな。さっきも言ったが俺が裏から手を回して悪事を暴くつもりだったんだが、なかなかそうもいかなくてな。…今度、観柳が喧嘩 祭りをトーナメントでやっていくらしい。そこにお前が出てくれと言う話だ。そこには阿片精製の『裏』もあるようでな。観柳がトーナメントに夢中になってい る間に警察が介入する。トーナメント自体か、内定からかはわからんがな」

 斎藤が簡単に抜刀斎に説明する。抜刀斎はあまり乗り気ではないようだったが、敵として死合った者同士、利害が一致すればこの時代、協力もやむなしと言うところだった。

「あまり刀を振るうのは好きではないでござるがなぁ…」

「頼りにしてるぜ、長州派維新志士、緋村抜刀斎」

「…今は抜刀斎ではござらん、緋村剣心でござるよ」

「…人斬りが名を変え、るろうに(流浪人)と言ったところで、所詮は人斬り。お前はことあるごとに狙われる、『人斬り抜刀斎』でしかないんだよ、俺が相変わらず『壬生の狼、斎藤一』と呼ばれるのとそうそう変わりはせんさ」

 斎藤が言うと、抜刀斎-緋村剣心-はなんとも複雑な顔をして、渋々斎藤の申し出に応じるような仕草を見せる。

「ただ、お主がなんと言おうと、拙者、人は斬らんでござる」

「それは好きにするがいい。どうせ、斬らねば自分が死ぬことになるんだろうがな」

 斎藤はそう言うと、小さな紙きれを抜刀斎に手渡し、一人雑踏の中に消えていった。

「…何のかんのと言って、藤田五郎の方も楽しんでいる証拠でござるな」

 斎藤が抜刀齋に手渡したのは、斎藤が密かに捜査をしている本部の位置を記したものだった。



邂逅/明神弥彦


 斎藤 と別れた剣心は再び、武田観柳の屋敷に戻る。先ほどまで大きな屋敷の前にあった大きな庭に何もなかったが、今は舞台が設置されていて、斎藤一の言っていた トーナメントの準備が行われていた。そんな様子を覗く姿の剣心に突然、後ろから蹴りを入れてくる子供の姿があった。

「おろろ?」

 剣心はスッとよけようとしたが、その子供が剣心がどくことによって、怪我をすることを瞬間察すると、その場をどくことなく、子供の蹴りを後頭部にガツンと入れられた。

「その刀!!お前、人斬り抜刀斎だな。明日のトーナメントに名前を入れちまったんだ、抜刀斎らしく優勝するところまで行ってくれよな」

 突然蹴られ、一方的に子供に言われると、剣心の意見などまったく聞き入れないと言った感じで、子供は剣心の着物を引っ張り、勝手知ったるように観柳の屋敷の中に入っていく。

「明日のトーナメントに出る連中の控室だ。ごろつきばかりの居汚ねぇ部屋だが明日まで我慢してくれ」

「ちょ・・・小童、拙者は人斬り抜刀斎などと言う名ではござらんぞ」

 無理やり連れ込まれた剣心が、慌てて訂正する。ぎろっと小童の瞳が剣心に厳しい目つきで睨み返す。

「…拙者は緋村剣心、小童の言う人斬り抜刀斎の名はトーナメントの最終勝者と仕合うことになっているでござるが!?

 剣心はそう言って、控室とやらの居住まいの悪い部屋に張られたトーナメント表を見る。

「…だから、おめーがその勝者との仕合をするんだって言うんだよ。緋村何とかとか言ったが、その刀が何よりの証拠なんじゃねぇのか?」

 小童が言うとそれだけで屋敷の奥に消えていった。


 翌日。

 ごろつきを中心としたトーナメントが行われた。大半は士族崩れの刀だけが命の人間だが、まともに人を斬ったこともないようなことのない人間ばかりで、生半可でも道場で竹刀もしくは木刀を振るったことのあるような人間が上位にそろって行った。

 その間、剣心は昨日の小童にぎっちりと腕を拘束されて、どこにも逃がさないと言うような瞳で剣心を拘束し監視していた。

 トー ナメントはそのまま進み、紅一点と呼ばれた通称「剣術小町」の娘が勝ち残る。そこでようやく剣心は拘束を解かれて、その剣術小町の前に立たされる。しばら くの間をおき、仕合が始まるが、剣心は腰の刀を抜くことなく、剣術小町の一刀目を頭でもろに喰らい、そのままその場に倒れてしまった。それを見ていた周り の外野や負けた者たちが納得できないと言うような罵声が飛び交う。

「…なんで、腰の刀を抜かないのよ」

 剣術小町が聞くが、剣心は「刀を抜く必要がない、交えたくもない」と小声で言うと気絶したようなそぶりを見せて、舞台上で倒れてしまった。

「ふん、誰がそんな優男を連れてきたのか知らんが、偽物の抜刀斎なんざ、必要ないぜ、なにせ俺が抜刀斎だらなぁ」

 剣心が倒れた姿をみて、観柳の陰に隠れていた図体のでかい男が自分が抜刀斎だと言い張り、姿を見せる。

「こちらの不手際を謝りたい。優勝はそこの剣術小町と言うことでこの回は終了とする。また近いうちに、ここの抜刀斎を含めた数名で剣術会を開くので、その時までお待ちいただければと思う」

 そう言ったのは武田観柳その人だった。


 そのあと、剣心は観柳の私兵団を語るごろつきに、さんざん殴られた様子の小童とともに、裏路地に捨てられるように放り出された。

「おい、おめーのその刀は偽物か?…いや違うな。剣術をしたことのない俺でも、あの女の面をわざとよけなかった」

 小童がそこまで言うと、剣心は軽くため息をついて立ち上がる。

「小童、名をなんという?」

「明神弥彦だ。…今は観柳のところで下働きしていたがおめーのせいでくいっばぐれだぜ」

 剣心はかろうじて意識のある弥彦に質問を投げかける。

「そうか、相済まぬ、弥彦の信用を落としてしまって。…だが、抜刀斎だと言ってあの場に拙者を放り込んだのは、あの剣術小町とやらをわざと勝たせて、観柳から剣術小町を離すためでござったのだろう?」

 剣心が弥彦に言うと、弥彦は驚いたように剣心の瞳をじっと見つめた。

「そこまで見据えて負けたって言うのか!?

「一応、何かがあるとは思っていたが、やはり裏に何かがあるようでござるな。拙者でよければ力になるでござるよ」

 剣心はそう言って、弥彦が懸念している様子のあるところ馬でも見抜いて見せたとばかりの様子で弥彦に一言告げる。



邂逅/神谷薫


 弥彦の話では、あのトーナメントでは裏で何やら動いている様子だった。

 トーナメントの準決勝まで進んだ三人が翌晩に何かの余興を用意しているのだと言う。とりあえず弥彦には一日、何とか過ごすように伝えると、剣心は踵を返して、斎藤の元へと走る。

「…阿呆が!!

 事の詳細を話して、決勝で一撃で負けたことを斎藤に話すと、突然怒鳴られ、剣心の耳がキーンとなっていた。

「阿呆よばわりされるのは仕方ないでござるが、それでわかったことがいくつか。明日の晩、拙者を除いた上位三名が観柳の屋敷の中で何かを仕出かすと言う話でござる。拙者が見たところ、お主の言う密輸武器の試し、と言ったところでござろう。それと・・・」

 剣心はそう言うと、懐から、少し大きめの紙を出して見せた。

「簡単 ではござるが、動ける範囲で確認した観柳の屋敷の見取り図でござる。地上階はあくまで荘厳な西洋の建物でござったが…ここの柵のある場所には、厳重に鍵が 閉められていた。下から声も聞こえたので何かがあるのは間違いない。…お主の『牙突』があればこの鍵とて、簡単に外せるはずでござる」

 剣心はそう言って、墨も筆もない状態で、石を削りながらなんとか作った観柳邸の見取り図を斎藤に見せる。

「ほう…やはり、お前をあの場所に放り込んだのは正解だったようだな。警官がトーナメントに出たとあっては、始終監視されるだろうからな」

「確かにそうかも知れぬな。勝負は明日。拙者はその上位三名の出ると言う、特別な夜会とやらに割り込むでござる。その間に柵の中を確認するでござる。それに関しては・・・」

「ああ、任された。時間があれば、密輸武器とやらの方にも手を伸ばすが…おそらくお前が予想している、輸入武器の試しと言うのは当たりだろう、貴様がタダで死ぬはずはないが、その剣術小町とやらを抱えて動きが鈍ったとか抜かして動けなくなるなよ」


 翌日の夜。

 弥彦の手配で剣心は観柳の屋敷に潜り込む。

 同時に斎藤達、観柳に対して内定調査をしていた警官隊も、剣心たちをおとりに観柳邸に入り込んでいた。


 夜に行われる興業と言うのはあまり聞いたことはない。

 斎藤が最近の竹刀・木刀での剣術大会でも聞いたことはないと昨日、剣心が訪ねたときに言っていた。何かが行われる。剣心はそこに昨日の剣術小町と言うのがいることを確認すると、出る間合いを図っていた。

「うぇるかむ!!上位三人には、簡単な余興で楽しんでいただこう。観客はなし、ただ暴れ放題だ。そして相手はこの観柳様と・・・」

 剣心が覗き込んでいたドアとは反対側のドアが開くと、そこには観柳が大きな銃のようなものを車輪のついた台に乗せて三人の前に披露する。

「・・・この、ガトリングガンがお相手しよう!!…観客がいないと言うことがどう言うことかはわかるかな?そう、殺してしまっても闇の中と言うことなのだよ、では、れっつ、すたぁーとぉ!!

 観柳が言うや否やそのガトリングガンは観柳が少しだけハンドルを回すだけで、数十発の弾丸を放ってきた。剣術小町たち三人は逃げる一方、防戦一方になっていく。

「ふははは、どうしました!?昼間の威厳高き士族ども!!あの時の威勢は無くなったのですか!?

 観柳はひっきりなしにガトリングガンを放ってくる。剣術小町も逃げてはかろうじて置かれた身を隠せるほどの盾に隠れる。

「あなた方がここまで強くなった、そして、一人ガトリングガンから逃げている今日の紅一点も相当の修行を積んだのでしょう?しかし、今の世、金さえあれば、密輸でも何でも、諸外国からこのような修行もなく強くなる方法が得られるのです!!

 観柳はそう言うと、剣術小町の逃げ込んでいる盾を狙い撃ちして、ボロボロになった盾に身体を小さくして隠れている姿を見て高笑いをしていた。

「このガトリングガンさえあれば、かの有名な『人斬り抜刀斎』も手出しはできま~い」

「くっ・・・観柳!!言いたいことは・・・」

 観柳がそこまで言うと、盾から少しだけ姿を見せて剣術小町は怒鳴りつける。その時、ふと、何か背筋の凍るような感触をえて、振り返る。

「武田観柳、言いたいことはそれだけでござるか」

 剣術小町の背を取っていたのは、弥彦と話をしていた、剣術トーナメントで剣術小町と相対した時とはめつきのちがう、剣心の姿があった。

「…ここはじっとしているでござる。…弥彦に頼まれた、拙者が観柳の相手になるでござるよ」

「誰かと思えば、人斬り抜刀斎の偽物・・・。貴様如きに弾丸を使うのはもったいない。失せろ」

 観柳はガトリングガンを下ろすと、さっさとこの場所から消えろと命ずる。だが剣心はそれに応じない。そして、剣術小町もどうして気付きもしないうちに後ろを取られたのか、そして背筋の凍るほどの恐怖を覚えたのか、疑問の残るところだった。

「拙者のような剣客が今の時代に必要ないと言ってしまえばそれまでだが…お主が手を下したものの血で血だまりができるとあらば、拙者も黙っては居られないでござるよ」

「むむむ・・・いちいち癇に障る奴め、お前ら二人とも地獄へ落ちろ!!

 そう言うと、観柳はガトリングガンに力を込めて、剣心たちに撃ち放つ。が、剣心は小脇に剣術小町をかかえ、ガトリングガンの範囲から横によける。それを追うように、観柳は剣心の動く方にガトリングガンで追いかけていく。

 その時、入り口に誰かの気配がして、ガトリングガンの銃口は剣心たちに向けたままで、部屋の入り口を見やる。そこには一人の警官がいた。

「それが密輸武器か。阿片といい、密輸武器といい、好き放題やってくれたがここまでだ」

 そこ にいたのは斎藤一だった。斎藤は自分の技「牙突」のモーションをとると、そのままシャンデリアを牙突で突き、観柳の上にシャンデリアを落下させる。ガトリ ングガンから離れた観柳だったがすぐに立ち上がると、ガトリングガンの引き金のハンドルを掴もうとする。その鼻先に突然、暗くなった部屋の中でもしっかり と見える、刀の切っ先が観柳の眉間にしっかりと定められていた。観柳がその刀を追っていくと,ガトリングガンの上に立つ、剣心の姿があった。観柳は慌てる ように持っていた拳銃を離し、両手を上げる。

「…金、金、と言うが、金で買えぬものがある。なんだかわかるか?貴様が今、乞うているもの…」

 剣心はそこまで言うとガトリングガンから飛び降りると一緒に、観柳がかけていた眼鏡を中心から真っ二つにした。

「・・・命、だ」

 剣心が言うと、そのそばにはすでに斎藤の姿があった。

「やはり貴様の方が行動の制限がなくて楽だ。また何かの時は警察の犬になってもらうぞ」

「…拙者は警察の犬になるつもりはござらん…が、このような人の命を軽く見るようなことをする輩がいるならば、協力はしよう」


「武田観柳、地下で阿片の精製、上の階では密輸武器の売りさばき、どちらも確認できたぞ。…今までは警察の網の目を抜けていたようだが、それもここまでだ」

 斎藤が、先ほど牙突を繰り出した刀を観柳の首元につけ逃げも隠れもできないところまで斎藤は刀の刃を突き付けていた。

「怪我はござらんか?」

「あ・・・ありがとう。いくら自分が剣術大会で勝ち抜いていたからって、少し己惚れていたわ。昼間はいきなりごめんなさい」

「いや、昼間については拙者が勝手に面を喰らったまでのこと。気にする必要はないでござる」

 剣術小町が剣心に礼を言う。剣心も昼間のことを言われて自分から辺りに行ったことを告白する。

「あの・・・弥彦は無事なの?」

「ああ、近くの医者で受け入れてくれる場所があった故、二、三日もすれば回復するでござろう」

「…名乗るのが遅れたわ。剣術小町などと言われているけど、実際は見ての通り。技も剣術も三流かもしれないわね。…神谷活心流、神谷薫よ」

 薫が助けてくれた礼とばかりに自分の名を名乗り、剣心に握手を求める。

「拙者は流浪人(るろうに)、緋村剣心でござる」



邂逅/相楽左之助 異端/緋村剣心

「武田 観柳はとりあえず逮捕の方向で留置場に放り込んだが…警察内部にも観柳の手に染まったものがいそうだ。留置場から抜け出す可能性の方が高い。…となると、 真っ先にお前が狙われるだろう。…今まではその子供だましの刀で何とかなっていたが、ここから先は実際に刀を返さんと、死ぬぞ。それに、今のところはまだ 大丈夫だが、貴様の最大の弱点に気付かれれば…」

「それについてはもう、吹っ切れているでござる。その状態になったら、肝心な場所以外、肌身をさらして、こちらから白状してしまうでござるよ」

 状況の報告に斎藤から呼び出された剣心は簡単に状況を話されたが、斎藤曰、剣心ではなく抜刀斎に戻らねば殺される、暗にそう言っている節のあることがわかる。

「残念ながら、拙者はこれ以上、人は斬らないでござる。が、襲うとなれば神谷薫殿を餌に、拙者をおびき出すでござろうな。…しばらく、神谷道場に邪魔してみるでござる」


 剣心は斎藤から報告を受けたその足である男を探す。

 そして、その人物はある飯処から姿を現した。

「偽人斬り抜刀斎、話がある」

「ん?なんでぇ、偽物が人のことを偽物呼ばわりか?抜刀も出来ねぇ偽者に用はねぇなぁ!!

 そう言って、昨日観柳の横で「人斬り抜刀斎」を名乗った体のでかい男に剣心は声をかけていた。その男が抜刀しようと刀に手をかけ抜く寸前に剣心は、柄を握った右手の甲に自分の刀の柄を当て、抜刀できないように制止する。

「抜刀はできないのではない、したくないだけだ。見ての通り、鍔に手を付けるだけで拙者、少々人が変わる。…武田観柳、アイツは何を考えている?素直に話せばそれでよし、話さぬならば逃げかえるもよし。どちらにせよ、観柳は再び拙者をねらうでござろうからね」


 剣心が斎藤から観柳の報告を受けた翌々日。

 斎藤 のにらんだ通り、賄賂を使い留置場から観柳は姿を消す。斎藤から確認の報告を受けた剣心は最初に言っていた通り、神谷道場に逗留していた。そして、剣心は 観柳の企み-神谷道場を初めとした周辺の道場を密輸武器の倉庫にして、明治政府を脅迫する輩に売ろうと言うことを考えている、そのことを報告した。

 そして、観柳が脱獄してから5日の日が経った朝。

 突然、神谷道場の正面門が破られる。そこにいたのは長身につんつんした髪の男がいた。

「朝飯時に悪いな、だが、早くやりたくて来ちまった。なぁ、そっちの剣客さんよ、俺の喧嘩を買ってくれ」

「お主は何者でござる?…武田観柳の息のかかったものであることに間違いないのは事実であろうが」

 突然 の訪問に、薫と弥彦は驚きを隠せないでいたが、剣心はすでに臨戦態勢に入っていることに薫は気付く。相手が来ていたこと、勝手に入ってくることは容易に察 知し、果ては観柳の手のものが道場に押し掛けてくることもわかっていたとでもいうように、数日の逗留を申し込まれていた。

「俺は喧嘩屋、相楽左之助!!生きるの死ぬののやり取りはともかく、ただ単に殴り合って、最終的に生きている、立っている方が勝ちっていう、至極簡単な理屈だ、つー訳で剣客さんにケンカを売りに来た。っつーわけで勝手に始めるぜ!!

 左之 助はそれだけ言うと、突然、左右の腕から殴りかかってくる。だが、剣閃を読んで切り抜けている剣心にとって、単に殴りかかってきている左之助の攻撃は簡単 によけていく。そして、少しの間が左之助に現れた瞬間、鼻と鼻がつくような距離にまで間を詰めた剣心は、抜刀することなく、左之助に殴りかかる。それがあ まり効果がないことは重々承知と言った感じだった。

「おめぇ、なめてんのか?喧嘩一辺倒の俺に同じ喧嘩殺法が通じると思ってるのかい?剣客なんなら腰のものを抜いて喧嘩してくれねぇかな」

「…お主は拙者を殺せと言われて来たのだろうが、生憎殺される気はさらさらござらん。…かといって、道場や薫殿、弥彦に手をかけると言う訳でもなく。…お主と剣を交える理由がないでござる」

 剣心が言うと、左之助は「むぅ」と黙り込み、何とか剣心と喧嘩をしようと考え始めたが、仕方ないと言うような表情で再び剣心に向き直る。

「ま、いきなりの徒手空拳じゃ刀も抜けねえか。が、それはこの技を見てからにしてくれや」

 スッと左之助は今までの荒っぽい移動から静かに体を移動させ、いとも簡単に剣心の間合いに入ると、ぐっと右手に拳を作り、それを剣心にぶつける。間一髪のところで剣心はよけるが同時に着物の一部が破ける。同時に衝撃破なのか、剣心が背にしていた壁も粉々に砕け散る。

「どうだ、俺の『虎煌(こおう)』はよ・・・って、おめぇ!?

「なっ、剣心、あなた・・・!!

 左之助の虎煌で破けたのは腹から剣心の左肩にかけてだった。そして、切れた着物からのぞいたのは、普段薫が稽古などの時に巻く晒と同じ、胸を無理に隠している晒が露わになった。

 左之助と、薫は一瞬目を疑ったが、間違いなくそれは女の体に巻いてある、胸の邪魔になる部分を隠している晒に間違いなかった。

「・・・正体を知られてしまいましたね。けど、これでおしまい、と言う訳にはいきませんよねぇ?相楽左之助サン」

 剣心はそれまでの男口調と少しどすの効いた低い声を出すのをやめて、本来の声であろう中性的でまだ声変わりのしていない男が話すような少し細い声と、女口調で左之助に告げる。

「ちょ、ちょっと待て!!緋村剣心、てめえは女だったのか?」

「だとしたらどうします?」

 左之助の困ったと言うような戦闘中断の言葉と質問に、剣心は不敵な笑みを浮かべて、中途半端に回答してみせる。

「お、おれは基本的に女子供には手を出さねぇのが信条ななんでぇ、おめぇが女だとしたら…」

「拙者は一向にかまわぬでござるよ、それとも一方的に拙者のこれから抜刀する刀の餌食になるでござるか?」

 左腕 を抜き、肩を露わにした状態で刀の柄に手をかけ、左之助との間合いを詰める。だが、左之助は相手が女であることと、倒せと言われていた緋村剣心と言う剣客 であることがごちゃごちゃになって混乱しつつ、しかし、最後には心を決めたように両足に力を込めて仁王立ちになると、ふたたび虎煌を出すモーションに入 る。それを確認した剣心も左之助の虎煌に対しての技を出すモーションに入る。左之助の虎煌は、拳を軽く握ると同時に瞬間、相手にヒットすると同時に拳に力 を入れて握ることでわずかな空気のゆがみを作り出す。それが衝撃破となって相手にダメージを与える技。であれば剣心はその左之助の拳を止めればいい。左之 助の間合いでも、剣心の間合いでもない状態で二人は対峙していた。

「頼む、正面で受け止めるのはなしにしてくれよな。だけどこの喧嘩、売ったからには負けられねぇんだ!!

 左之 助はそう言って虎煌のモーションに入る。同時に剣心は左之助の拳めがけて抜刀すると同時に、鉄ごしらえでできている鞘も腰から抜き出す。そして、左之助の 虎煌からでる衝撃波の直前に、刀と鞘とで左之助の拳をまるで龍の顎が閉じるかのような左右両方からの打撃で虎煌を止める。虎煌を止められた左之助には、瞬 間に発生する虎煌の衝撃が右腕に返り、ひどく右腕を痛めたようだった。

「勝負あり、でよいか?」

「なんでぇ、さっきの技は。女のおめぇが繰り出すにはちと鋭すぎやしねえか?」

「・・・拙者は師匠から『異端』と呼ばれつつ修行をしていたでござる。…先ほどの技は龍顎閃(りゅうがくせん)、龍の顎で対象物を挟み込む…本来であれば鞘で相手を固定し、刃で急所を突くための技でござる」

 左之助が先ほどまで立っていた場所に倒れこんで、息を切らしながら剣心に質問する。剣心は自分の素性などは赤裸々にはせずに必要なことだけ、いつもの緋村剣心として言葉を続けていた。

 と、その時、ヒラッと紙が一枚降ってくる。何も書かれていない紙だったが瞬間剣心が上を見上げるとかすかに人影が見える。漆黒の着物に漆黒の笠をかぶって姿は一瞬見えない。

「そうか、殺しは…とどめを刺しはしないのか」

 その人影はそれだけ言うと、その場から姿を消す。「人がいた」ことを確認できたのは剣心以外にはいなかった。

「負けだな」

「相楽左之助、と言いましたか。できればあなたにはそんな喧嘩屋家業のために、それだけの技を使っては欲しくありません。できれば、私と同じよう、まだ未完の維新を守れる範囲だけで結構です、そのために使ってはいただけませんか?」

 剣心はそう言いながら、破けた着物と承知して、左の袖に腕を通す。

「は、おめぇさんにそんなこと言われちゃ、かなわねぇな」

 左之 助が地べたに這いつくばったのを確認したのか、剣心も左之助も感じていた無駄に中途半端な建機を纏った者たちがぞろぞろと出てきて、剣心や薫たちに不気 味…と言うより下品な笑みを浮かべて、かかろうとする。その中には顔中を絆創膏で張り巡らせている観柳の姿もあった。

「やれやれ。私がいるとどうしても敵を引き付けてしまいそうですね」

「心配すんな、剣心。もう武田観柳との契約も終わりだ。ここからは剣心側について、まずはこの道場と小童、嬢ちゃんから守っていってやるぜ」

 先ほど、剣心の龍顎閃倒れた左之助だったがいつの間にか立ち上がると、剣心の横に立ち、観柳一派を相手にもうひと働きしようと、やる気になっていた。

「心強い味方が出来ました。思う存分暴れてくださいね。私も神速を旨とする剣でなぎ倒しますから」

 そう言うが早いか、集団で観柳一派は剣心と左之助に斬りかかってくる。中には拳銃などを持った相手もいたが、左之助に発見されれば拳銃ごと破壊され気絶し、剣心は刀相手に次々に往なし、その間に肘打ちや蹴り、柔道でいう一本背負いなどで相手を次々に倒していく。

 観柳は素早く動く剣心に狙いを定め、拳銃で仕留めようと打つが瞬時に刀の腹と峰を入れ替えると、弾丸を逆刃で二つに切ってみせる。

 そうしてあっという間に観柳の私兵団と言うのを蹴散らしてしまう。最後に残るは観柳だった。剣心はその観柳につぶやくように言う。

「人斬り抜刀斎の剣、『飛天御剣流』は神速を旨とし、一対多数をを得意とする古流剣術。刃と峰を逆に組んだこの『逆刃刀』でなくば人を確実に斬殺する、殺人剣・・・」

 剣心はそう言って逆刃刀を納刀する。そして、そこにいた薫、左之助、弥彦、観柳は、そこにいるのが人斬り抜刀斎その者であることを知る。

「ただし、人は斬りません。この逆刃刀に誓って。今は宛てなく旅するるろうにの緋村剣心でござる」