Route / Mizuna-02.『瑞奈の意外な趣味 その一』
瑞奈がチーフになり、キュリオ三号店もようやく、花鳥元チーフの抜けた穴を補うことができるようになってきた、四月のある、ブリックモール全休日の水曜日。
ドンドンドン
前日の夜遅くまでかかって、コーヒーの新ブレンドや新規のドリンクメニューを沢崎美緒と話し合っていて、もう外は太陽もいい感じに照っているような時間まで寝ていた仁の部屋のドアを、チャイムではなく、直接拳でたたく音に、意外性を感じながら、寝ぼけ眼で起き上がる。
のそのそと仁は寝間着代わりのジャージとTシャツを軽く整えて、やはりのそのそと玄関に向かっていくと、再び強烈な勢いで『ドンドンドン』とドアをたたく音がして、仁は一瞬その場を飛びのいた。
「まったく迷惑にもほどがあるぞ、瑞奈!!」
その音の正体が、だれの仕業かすでに分かってしまった仁は、寝惚けた目をこすりながら、おそらくは笑顔で悪びれる様子なくドアをたたいているであろう、その正体、川端瑞奈の名を呼んだ。
「なーんだ、もうばれてるのかー、張り合いのない。でも、ドアから一瞬、飛びのいたでしょー?仁さん♪」
鉄製の扉の外から今はもう聞きなれた瑞奈の、全然残念そうな気配が微塵もないと言いたげな声が、家の中の仁に投げかけられる。
仁はカチャンと鍵を開けて、そのドアを開ける。
そこにいたのは間違いなく瑞奈だったが、なんだかゴツゴツとした メッシュのジャケットを、前のジッパーだけ閉じないで着こなし、下は一般の革のパンツにしては行動が制限されそうなくらいに厚めの革で出来たパンツをはい ていた。何より、ウエストポーチをつけて、右腕で一番仁の見慣れない、ヘルメットを抱えていた。
仁の周りでは、車を運転するのはファミーユ・キュリオを通しても美緒くらいで、それ以外の免許が必要な乗り物に乗っている人間を仁は知らなかった。だから、ヘルメットなどと言うものに、お目にかかるというのも随分珍しいことだった。
「もう十時を過ぎちゃいますよ?最高の日和なんですから、外に出ましょうよー」
いつになく活発そうに見える瑞奈が、仁にそう言って外出しようと暗に提案してくる。仁はその、いつになく活発そうな瑞奈を見つめて首を傾げ、右手で拳を作り、左手の手のひらにポンと乗せた。
「瑞奈、なんで髪の毛なんぞまとめているんだ?それと…その恰好はなんだ?」
仁はそう言って、いつもの瑞奈と違う部分…ボブカットとでもいうの だろうか瑞奈の長くも短くもない髪が、ちょこんとかわいい尻尾を作ってまとめられている。前髪はいつものままだが、耳が強調されて見えるあたりがいつもの 瑞奈とは違って見えて、活発そうな印象を受けていたのだ。
「見ての通り、外出用の格好です。ついでに髪の毛はヘルメットをかぶるためですよ?…ああ、仁さん、今日の服装は、上にはできればGジャンなどを羽織って、下もデニムをはいてくださいね」
玄関で、話は始めたが上がろうとしない瑞奈はそう言って、仁の今日の恰好について指示を出す。
「…まぁ、そりゃあ構わないけど、ヘルメットって…俺はそんなもんないぞ?」
「そのあたりは万事抜かりなく調整してあるので大丈夫ですよ、仁さん。それよりかわいい彼女を玄関に突っ立たせたままで待たせる気ですか?」
そう言って瑞奈は仁の部屋に上がる素振りを見せず、玄関口で立った ままで仁に着替えて早く出てくるようにと急かす。いつもならば一も二もなく、そそくさと部屋に転がり込む瑞奈が、玄関で待っているだけと言うのにも何か理 由があるのかと思い、改めて全身を頭の先からつま先まで見つめる。それで納得が行く。瑞奈は簡素だがパーツのそれぞれにはガードをする役割を持っていそう な、丈の長いブーツを履いていて、それを脱いだり履いたりするのに時間がかかると、玄関で待ち、上がってこようとしないというわけだった。
仁はそれに納得すると、部屋に引き返して、瑞奈の言うような恰好を してみる。なんだか少し、時代遅れな感じのする恰好ではあるが、仁自身は「その他大勢」を嫌う傾向があるので、時代遅れだろうが自分の気に入っている恰好 であれば堂々としてみせる。上下がデニム生地の恰好についても嫌いな部類ではなく、いくつかの色やダメージと言ったバリエーションも持っていた。
瑞奈がヘルメットを持っているということは、少なくともバイクに乗るのだろう、と言うことは容易に予想できたので、できるだけ厚手のデニム生地のものを選んで着替えると、瑞奈の待つ玄関に舞い戻る。瑞奈はと言うと玄関を開けたまま、踊り場の方まで出て景色を眺めていた。
「用意できたけど、こんなもんでいいのか?瑞奈」
仁はバイクなど乗ったことがないので、実際にはどんな恰好をしたら いいかはわかっていなかったが、取り敢えず瑞奈が指定した恰好をして、瑞奈に聞き返した。その声を聴き瑞奈が振り向く。その時の横顔を見た仁はいつも見て いる横顔と違って、髪を縛り耳が見えてすっきりとしている神の瑞奈も可愛いものだと少しドキッとしながら見つめていた。
「おー、いいですね。靴はできたらハイカットのスニーカー…と言いたいんですけど、それは無理ですよね?少し頑丈そうなスポーツシューズを履いてくださいね」
仁の姿に満足したと言いたそうな瑞奈は靴まできっちりと指定してきたが、瑞奈の言うように、生憎と仁はハイカットのスニーカーなどは持っていない。とりあえず大学で時々使うスニーカーを履くと玄関を出る。
「…瑞奈、他に誰か、瑞奈の友達とかが来るのか?」
ごく自然と、仁はそんな質問をする。少なくとも仁はバイクは運転できない。となると、タンデム(仁がタンデムと言う言葉を知る由もない)となるが、運転者が最低二人は必要な計算になる。仁は瑞奈がバイクを運転するのはおろか、所有している、などと言うことさえ聞いたことはない。どういうことなのか、と言うのも含めて、端的に質問すると、先ほどの仁の質問文になるのはごく必然だった。
「いいえ、べつに誰も。私と仁さんだけですよ」
仁が色々と過去のことを考えながらも瑞奈から仕入れた瑞奈の施行の中に、「バイク」と言うものが含まれているかと考えると、そういうものに乗ること自体、聞いたことはなかった。だが、そんな仁に、意地の悪そうな笑みを浮かべて瑞奈がさらっと答えてみせる。
「え?俺と瑞奈?…だって、バイクに乗るのは・・・・・・」
「私がライダー、仁さんとはタンデムで。そのための仁さん用のヘルメットとかグローブは知り合いのを借ります。…どちらにしても、バイク自体、その知り合いに借りるんですけどね」
そう言いながら瑞奈は仁とともにマンションのエレベーターまでやってくる。
「まさか、瑞奈がライダーだったとは驚きだなぁ」
「…もともとは活発なことが好きなんですよ、だから陸上もしていたんですし。バイクは同じ陸上で切磋琢磨していた女の子と一緒に、学校には内緒で免許取ったんですけどね」
悪びれた様子もなく、だが、ちょっと舌を出して瑞奈が言う。
瑞奈はエントランスを抜けて、比較的住宅街でも、込み入った方向に 歩き出す。仁もそれに倣って瑞奈の後をついていく。その中で、ひときわ大きな家の前までやってくると、瑞奈は躊躇なくベルのボタンを押す。すると、中から 待っていました鳥羽からり、ショートカットで今の瑞奈よりもずっと元気・活発の言葉の似あう女性が飛び出してきた。
「おはようございます、葵さん」
「おはよー、瑞奈。んん?後ろにいるのが例の彼だね~?!けど瑞奈より体格がいいからタンデマーとしてはちょっと扱いづらい気もするんだけど・・・大丈夫?瑞奈」
瑞奈は中から出てきた「葵」と呼ぶ女性に挨拶をすると、矢継ぎ早にその葵と言う女性は瑞奈に質問してきた。
「大丈夫ですよぉ。ま、彼がなんて言うかわかりませんけど、後々には、免許をとってもらって、同じバイクでツーリング、っていうのが夢ですから」
ふとそんなことを言われて、仁は少し面をクラッタな顔をしてみせる。それを軽く振り返った瑞奈が満面の笑みで返してきた。その言葉をきいて、葵と言う人は再び玄関に戻っていく。
「個々の人は相原葵(あいばらあおい)と言う、キュリオ本店の常連さんなんだ。いつも、ツーリングの帰りにキュリオの本店に立ち寄ってくれて、特別甘く作ったカフェラテを飲んで一休みするっていうのが、葵さんのツーリングの決まり事なんだって」
瑞奈がここで初めて、その相原葵の話を仁に聞かせる。キュリオ本店からの付き合いと言うと、仁と瑞奈の付き合いよりは遥かに深い仲ではないかと思わせた。
「で、体格とか大体一緒だから、バイクを貸してくれるかって話になったときに『遠慮なく』、と言ってくれたんで、今日みたいに時々、ツーリングでバイクをお借りしているの」
そこまで瑞奈が言うと、中からヘルメットと真新しいグローブを持っ て、葵が出てくる。そして、ポンとヘルメットを瑞奈の後ろにいる仁に投げてよこす。フルフェイスの型ではなく、俗に「ジェッペル」とライダーが呼ぶ、顎ま では隠れないジェットヘルメットをよこした。中には先ほどのグローブが入っていた。
葵はそれを確認すると小走りに、玄関から少し離れたところにある駐輪所に止めてあって、シートの被っているバイクに手をかけ、ザッとシートを勢いよくとってみせる。
そのバイクは俗にツアラーと呼ばれる、後ろの座席もゆったり座れる、だが、フルカウルのついているレーシングタイプっぽい真っ赤なバイクだった。
「お久しぶりー、ZZR」
そのバイクを見て、瑞奈がそう挨拶をする。
「おい、瑞奈。あのバイク随分でかそうだけど…俺にもあんなのに乗せる気か?いや、その前に俺にバイクの免許を取れと?」
少しばかり、戸惑いを見せながら仁は瑞奈に札ほど、軽く挨拶をした中で瑞奈と葵が話していたことを反芻する。にこやかな笑顔を瑞奈は返してきて、こっくりと一回しっかりとうなずいて見せた。
「あのバイク、あれでも一般的なバイクでは小さいほうの250ccの バイクなんだよ?で、仁さんにも免許は取ってもらう。…今日は我慢できなくて、タンデムでツーリングにしたけど、実は、バイクでの死亡事故って、ライダー より、放り出される確率の高い、タンデマーの方が高いんだ。だから、できるだけタンデムはしたくないんだよ。だから、二人で一台ずつバイクを買って、それ ぞれでツーリングに行くの。そうすればお互いに注意を払って安全運転もできるからね」
そう言って瑞奈は仁に少し真剣な顔つきに変わってじっくり説明する。それを聞いて、仁は少々不安がよぎるが、免許については車の免許も取るつもりはあったので、どうせならいっぺんにとれるか、と言うような、納得した部分も自分にはあった。
瑞奈が葵と何か話をしながら、自分でその「ZZR」と呼んだバイクを転がしてくる。
「この子が今日お世話になるバイク。KawasakiってメーカーのZZR250ってバイクなんだよ。俗にクォータと呼ばれる、1000ccの1/4のエンジンサイズのバイク。…だけど、これだって随分、スピードは出るし、タンデムしてもぜんぜんその過重には耐えられるだけのポテンシャルは持ってるんだ」
言いながら、瑞奈はそのバイクを門扉から道路に出して、葵と点検を始める。10分くらい、点検をして仁のもとに二人で戻ってくる。
「ああ、葵さん。紹介しますね。私の彼氏で、高村仁です。ブリックモールでキュリオのライバル、ファミーユの店長をされている方ですよ」
瑞奈が遅くなったと言いたそうに、葵に仁を紹介する。「ファミーユ」の名前を出すと、葵の表情が途端に明るくなる。
「わぁ、ファミーユの店長さんなんだー、時々、お茶させてもらっています。ブリックモール行くとどうしてもコスパ重視でキュリオよりファミーユで注文しちゃうんだよね~、悪いね瑞奈」
「いえいえ、その分、ツーリング後には本店によってくださっているというのは、本店のスタッフから色々と聞いていますから、ご心配なく」
そんな会話を聞いて、瑞奈よりは少し年上と思わせるその葵と言う人と対峙する仁。
「ヘルメットは私のなんだけど、多分そんなにぶかぶかと言うことはないと思うんだ。一応かぶってみて、確かめてくれる?高村さん」
葵がそう言って、仁にヘルメットの状態の確認を指示してきた。仁はそれを聞き、かぶってみる。特別
隙間が目立つとかいうことはなく、きちっとフィットした感があった。
その感じを見て、瑞奈と葵は顔を合わせてうなずいた。
「じゃあ、一日、ZZRお借りしますね~」
「さてと」
葵に言って、瑞奈はそのZZRと言うバイクに自然にまたがり、スタンドを跳ね上げる。
「仁さん、ここにステップがあるので、そこからまたがってくれますか?…怖いとかってことないですよね?」
「ああ、怖くはない。だが、バイクは初めてだから、多少、体重移動とかで瑞奈に負担はかかるぞ?」
仁とてまったくバイクの知識がないというわけでもない。カーブや交差点での右左折では、バイクと一体になったライダーは足で車体を倒して曲がっていくことくらいは知っていた。
「大丈夫ですよ、そのあたりはゆっくりと曲がったりしますから」
瑞奈がそう言って、仁を促す。仁はその瑞奈の言葉を聞いて、安心したようにステップを使って瑞奈の後ろに乗る。意外と密着感があって、仁はドキッとしていたが、瑞奈はそれが当然と言いたそうな感じで、微動だにせず、バランスをとってくれていた。
「行く場所は私のとっておきの場所です。腰に手をまわして掴まっててくださいね」
瑞奈はそういうと、セルスイッチでバイクのエンジンをかけ、再び仁を見る。仁が軽くうなずくと瑞奈も頷き、左足だけでバランスをとっていたその足を上げると同時に、右手でスロットルをまわし、ZZRはスッと動き出す。
To Be Continued...
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