Angel’s Whispers  -天使のささやき- SECONDRY WORKS


 『電影少女 -Video Girl AI 2018-』 After Story Vol.4


 アイが再びこの世界に姿を現してから一か月くらい経過する。

「アイ、お前、もうちょこちょこと別の男のビデオガールになるなんてことないよな?」

 それは、前回のアニメ制作の時にリカを介して音楽制作の依頼をした時のカオルに軟禁されそうになった時に翔を求めて発熱(アイもデッキも)し、翔の家までたどり着いたところで倒れる、その時に記憶喪失になり翔を初め、奈々美、智章のことを忘れてしまい、プロデューサー清水の元で、アイドル歌手に仕立て上げられそうになった時のことを言っていた。

「…熱く…ないから。翔のことを思っても。大好きだと思っても。…愛してると思っても。だから大丈夫。それに…」

 アイは少し意味深に言葉を止める。

 今は暖炉の前。

 記憶喪失から記憶が戻り、洋太の所で熱が冷めるまで帰宅が許されなかった。

 そして、帰宅した日から何日か経った時に、奈々美と大喧嘩をした時。

 アイは人間になりたいと強く願ってはいたが、そうなることの厳しさを知り、同時に自分が何かをしようとしても空回りしてしまうばかりだと落ち込み暖炉に火を入れたときのように、暖炉の火を見つめて翔の質問の途中で、言葉を止めていた。

 翔はそんな時、アイに答えを急かしたりはしなかった。アイがアイの言葉で話が出来るまで、翔はいつも待つことに専念していた。

「…それに、オレが本当にいるべき場所がココなんだってわかったから。翔のところだってわかったから。だからどこにもいなくならない」

 アイはそんなことを口にしていた。

「翔のおじさんのところの「あい」みたいに、オレは翔と一緒にここに居る」

 そんな言葉を聞き、翔はうれしくもあり、かばわなければならないものが出来たことで、気楽な一人ぐらし、一人生活は出来なくなったと言いうことを再認識した。


 暖炉の火がパチパチと薪木の燃える音を立てながら、ゆらゆらと炎を上げている。それを翔とアイは見つめていた。ただ、こうするだけの時間も、今の二人にはゆっくりできてお互いがその存在を確認できる手段だった。

「そう言えば、おじさんのところに居た「あい」は普通に服を着ていたけど…なぁ、アイ。その服ってのはビデオガールにとって何かの力を維持したりとかするものだったりするのか?」

 翔はアイがいつも着ている、山吹色の服を見ながら訊ねる。

「いや、別にそう言う訳じゃないけどな。…女性ものの服って、今は翔が買ってくれてデートで着たあの服しかないんじゃないか?まぁ、丈の長いジャンパーのおかげで寒さはずいぶん楽だけど…」

 アイは的確に自分の着る服は無いと断言する。翔はそれを言われて、初めて「そう言えば」と思い出したかのようだった。元々は翔が一人で生活するためにここに来たのだし、ましてや女性が同居人になるなんてことは予想もしなかった。

「…そうだな、今度、またデートすっか。でアイに服を買う」

 翔はそう言ってアイの服をなでながらつぶやいた。アイはその言葉を聞き、嬉しかったが、特別飛び上がることもしないで、何となく暖炉の火に横顔だけ照らされている翔を見つめていた。

「アイ、どこか悪いのか?」

「…聞 かれると思った。別にどこも悪くないよ。ただ、色々なことを色々な視線で見ておく必要があったり、ちょっとのことで大はしゃぎするのはどうかと思って さ。…アイドルにかつぎあげられたときは、あのおっさんのいいなりで、どれだけの人を慰められるかなんてことを話して舞い上がっていたもんだからさ」

 アイはそう言って、少しだけ自重している、反省している風な意味深な笑みをうかべた。翔もその事についてはあまり触れたくないし、自分が招きだしたビデオガールを横取りされるのは、あまりいい気はしない。それを考えると、ONOFFを上手く使い分けられていると言うところではないのかと翔は感じた。


 そんな話をした一番近い土曜日。

 翔はいつもの普段着を来て、ダッフルコートを着込むが、アイはデートの時に来た翔からのプレゼントだけで、寒さがこちらにも伝わってくる感じだった。

「…上になにか着たいな。寒いだろ?」

「正直言えば、な」

 そう言うと、翔はダッフルコートを抜いでアイの両肩にかける。そして自分は二階に行ってクローゼットから別のコートを出してきた。

「とりあえず、今日のところはそのコートを着てな。コートも冬用とスプリングコートくらいはそろえたいな…あとは、普通に生活するときの服か…今までは俺のシャツなんかで凌いでいたけど…さすがにそれじゃ身動き取れないしなぁ」

「…オレを拘束するためだったらそっちの方が良いんじゃないのか?」

 翔が真剣に考えているところに、翔が脱いだコートの温かみを感じながらアイは茶化すようなことを言ってくる。それに対して翔は、少し怒ったような顔をしてみせる。

「あはは、冗談だって。…だけど、女の子っぽい服より、男女してる服の方がオレは好きかもしれないな。性格がこんなだし…。「あい」は出てきたとき、俺と同じような性格だったんだろうか?嫌に丁寧な物腰になってなかったか?」

 少し前、二人が洋太の家を訪ねたとき、人間になった元ビデオガールの天野あいにあったときは、一人称は「私」だったし、普通にしゃべるところも大人の女性がしゃべるしゃべり方だった。それを思い出しながら、アイは自分もそんな風になるんだろうか、と考えていた。

「アイは別に物腰が変わらなくてもいいよ。むしろ自分のことを「オレ」って言ってくれてた方が気分的にはこっちも楽だ。…んじゃ、行くか」


 二人は今日ははしゃぐようなテンションではなく、どことなく落ち着いた感じで、衣料品店に来ていた。だが、色々な服を見ると、自然とテンションは高くなるようで、すぐにアイは翔のところから色々な服を見に行く。

「なぁなぁ、こんな感じのふくとかどうだ?」

 アイが自分に合わせていたのは、ずいぶんと大人っぽいワンピースだったが・・・。

「…いや、それじゃ、アイの性格に合わない。それこそおじさんとこのあいじゃないと釣り合わないよ」

 そう 言って翔は辺りを見回す。あまり長くないスカートとか、少しフリルの入っているブラウスとかをアイに差し出すが、逆にアイはそう言うのはちょっと違う、と 翔に付き返す。一時間近く、あれでもないこれでもないとお互いに言い合いながら、ショートパンツと男物のカッターシャツ、少し長めのスカートを購入した。

 続けて靴屋に行く。アイのいま履いている靴はどちらかと言うと、25年前のものなのだろうが、いま流行りのショートブーツだったりしていて、足元はショートブーツ以外の物を見つけることにした。

「んー、動きやすいって言えば、スニーカー…か?」

「そうだなー。…俺の好きなブランドの靴だったら、ハイカットモデルもある靴だから、それなんかどうかな?」

 そう言いながら翔は自分が今日も履いているブランドの靴のある所へと誘導する。そこには同じ靴の形だが、色々な趣向で色やデザインに凝ったものが多く見られた。

「翔、これ何足買っていい?」

「…二足まで。それ以上買っちゃうと今月の食費生活費が無くなる」

 翔に言われて少しがっかりするが、お気に入れの一足があったようでそれを手に取る。

「試しに履いてみるか?」

「うん」

 そう言って、店員にアイの靴のサイズのものを出してもらって、履いてみる。

「軽い…履きやすいし。これなら動きやすい。これがいい」

 アイはそう言ってその靴を買う意思を示し、買うことを店員に言う。


 服がトップス一着、スカート二着、靴を一足買って、今日の買い物は終わった。

(ほんとは…デートもしたかったけど、また次の機会だな。今日は色々と買ってもらっちゃったし)

 何となくアイは残念そうな感じで少し静かにしていたが、翔が突然手を引いて、アイをある場所のベンチに連れてきて座らせる。

「…翔?」

「…ちょうどあっちの植え込みの陰に隠れて、俺が柴原と良い感じに話しているのを見てたんだよな。…で、一緒に映画見に行くって言う話をしたら『よっしゃー』とか言って出てきちゃって」

 約4か 月くらい前。まだ翔とアイがそれぞれお互いを理解し得ない時の頃。翔が奈々美のことを好きだと言うことを見抜いていたアイは、奈々美と翔が二人で話してい る場所に隠れるように付いてきていたのだが、映画の約束を取り付けたときに、思わず自分が嬉しくなって、出てきてしまったのだ。そのあと、場がシーンと引 き気味になったとき、タイミングよく「くしゅん」とアイはくしゃみをして、その場からそそくさと逃げ出したと言うことがあった。

「オレの役目は翔を慰めることが主で、どんなことをすれば翔が慰められるのかと言うことを色々と考えたんだけどさ。初めは奈々美ちゃんと仲が良くなることかなって思っていたんだけど…」

「実は、誰かに居てほしかった、話を聞いてほしかった、ってことだったんだよな。…アイはそれを聞いて感じて、テレビから出てきたんだろう?出てきておかしなことになったら忘れたのか?オレが願っていたこと」

 アイがすることは「慰める」ことだったわけだが、それがどうにも…奈々美とのデートのあたりはなんとか上手くいったものの、そのあとから少しずつ、歯車が狂いだして、挙句、記憶喪失、慰める相手を取り違えるところまで行ってしまっていた。

「…忘 れたわけじゃないけど…こっちが力入れて何かをしようとすると、すぐに空回り始めて、結果は最悪なことばっかりになって、翔がリカちゃんと居ることに嫉妬 したり、カオルから助けてほしくて強く翔を求めたら熱が出て、同時に記憶喪失。清水がオレの慰める相手だと思わされて、ちやほやされてて。…最後は奈々美 ちゃんと大喧嘩するし。オレは何しても空回りなんだよな。…しょせんふりよ・・・んー!!!!

 最後になにを言うかわかって、翔はアイの口を手で塞いでしまう。

「…不良品だったら、俺はアイをここまで求めない。アイは俺だけの存在で居てくれればいいんだ、無理しないでな。だから自分のことを不良品だなんて言うのはやめろ。俺にとってアイは不良品ではないんだから」

 そう言って、翔はアイから手を放す。アイはいつもうまくいかないときは自分を「不良品」と卑下することが多い。だが、翔にとっては手のかかる妹のようで大きな過ち(アイドルにしたてぅげられるなど)を して、世間まで巻き込まなければそれはそれで問題ないと思っていた。そう言う意味も含めて、アイは手のかかる妹と言うような気がしていた。ただ、時々、ア イは翔を戒める子もあったりして、そういう時は姉のようにも見えて、アイと言う存在が翔には兄妹としてちょうどいい存在だった。もちろん、今となってはア イを好きという感情を持って接していないこともなく、アイも多分、「熱く」ならないことを確認したところで自然、翔のことを気にし始めているのも事実だっ た。

「…こ の公園も色々とあったところだなぁ。オレが記憶喪失の最中に、翔と奈々美ちゃんがいい雰囲気になったと思ったから、奈々美ちゃんに翔のことを頼むって言っ ちゃったんだけど、逆に『弄内君の良いところ知ってるの、別にアイちゃんだけじゃないからやめてよ』って言われたりして。…もとはと言えばこの公園でそん なことを奈々美ちゃんに言ったことから喧嘩状態になったんだよな」

「…な るほどね。…柴原も色々と背負うもんがいっぱいで半分切れ気味になっていたのか。…アイが消えて、あのアニメの続きをつくっている間も、アイのことが話題 で出てくると、嫌に気になっている感じで、突然怒り出した時もあったからな。それでも、やっぱアイのことを気にしないことは無くて、最後は一人一人に「よ うこそ、この世界に」のセリフは絶対に入れたいって言って、全員の了承を得て、その言葉を入れたからなぁ」

 アイ がこの公園であったことを思い出す。記憶喪失が治っていたのを隠して、翔の前から消えようと決意して、奈々美に翔のことを任せると言ったのはここだった が、また戻ってきて、今度は翔と一緒にこの場所にくるなんてことは無いと思っていた。だが、翔の家からも学校からも近くて、利便性のある場所だけに、この 公園は色々と使うことが多かった。

「…元の「あい」が何を願って、ビデオテープの中にお前を作り出したんだろうな?アイ自身も明確にはわからないんだろう?」

 翔は 洋太が言っていた、アイの願いと言うのを全うさせてやれと言われたことを思い出した。だが、今目の前のアイがなにを願っているかは、アイ自身もわからない のだそうだった。だが、もし人間になりたい事だとしたら、すでにかなったことになるし、べつになにかを欲しているようであれば、それは自然と生まれるもの なんだろう。翔はそのくらいの気持ちでいた。それに、アイは一番初めに「心に感じてみて、私になにをしてほしいのか」と言ったのだから逆に翔が「アイがい る事をいまは願っている」のをアイが知っているようであればそれを適えるために今間もこうしていることになるのかもしれない。本当は、翔は自分の本音の部 分を少しでもいいから聞いてほしい、という願いだったが、何時しか「いつ何時でもアイに話を聞いてほしい」と願い事は変わっていた。その部分も、この世界 に再び降り立つことのできた理由なのかも知れなかった。

「…今 オレがここに居る。お互いがお互いを必要としている、それでいいんじゃねぇか?おじさんのところのあいも『ありえないこと』があって、人間になったわけだ し、オレも随分と『ありえないこと』は経験したからな。今のオレは翔が好き、離れたくない。そう思える存在がいるだけで十分だとは思うけどな」

 アイはそう言うと、自然と座ったときにできる、人の隣の隙間を埋めるように、ちょこちょこと動いて、翔の腕にピタッとくっつく。そして、翔の方に自分の頭を乗っける。

「今オレ、すごく幸せだよ。…だから翔からは離れない。それだけは約束できる。…翔のビデオガールだからな、オレは」

 そう言ってアイは翔の肩に頭を乗せたままでつぶやいた。