Angel’s Whispers  -天使のささやき- SECONDRY WORKS


 『電影少女 -Video Girl AI 2018-』 After Story Vol.1


 その日、ビデオガールである天野アイ(あまのあい)は、ちりばめられた光になって姿を消した。

 アイがこの世で「再生」されていたビデオデッキは、「00時間00秒」を差し、点滅を繰り返していた。その部屋に残されたのは心からアイのことを知る、翔(しょう)だけだった。


一か月後----------

「おはよ」

 登校した弄内翔(もてうちしょう)に声をかけたのはクラスメイトの柴原奈々美(しばはらななみ)

「おはよ」

 翔は奈々美に笑顔を返しながら挨拶をする。

「奈々美、進路希望提出したの?」

 登校し、荷物を置いた奈々美の友人が何気なく奈々美に問いかける。

「…これから」

 奈々美は聞かれた友人に、どうしたものかと言う疑問を投げかけるような答えをする。そして、右斜め前の席に座る翔に声をかける。

「弄内君は?」

「俺?俺は・・・」

 聞かれた翔は「ん~…」と何かを考えながら、聞かれた奈々美の方から視線を前の黒板の方に向けた。


放課後----------

 最近は、「アニ研」ことアニメ研究会と称し、弄内翔、柴原奈々美と古矢智章(ふるやともあき)が学校から近所にある喫茶店に集まっていた。翔がキャラクターデザイン、奈々美がシナリオ、智章がアニメ制作と総合的な調整を担当。

「あっ、リカちゃん」

「遅くなりました」

 翔たちのアニ研に混ざって、別の高校に進学していた翔の中学時の後輩、大宮リカ(おおみやりか)も参加し、リカは音楽を担当していた。


 今、四人が作っているのは、アイが消える前に作っていたアニメで、本来、翔が一人でも自炊して、生活していけることを証明するため、周りにこれだけの頼もしい友人がいることを証明するため、一本の短編アニメを作っていた。



遡ること、一か月と少し前。


『ここは、ガラクタの街。

 役目を終えたガラクタや、誰かが忘れたガラクタの集まる街です。

 街には「オレ」と言う少年が居ました。

 「オレ」はガラクタのみんなと、とっても仲良しでした。

 「オレ」の周りでは、いつも誰かの笑い声がしていました。

 ある日「オレ」はガラクタの山の中で奇妙な卵を見つけます。

 卵は固い固い殻で出来ていて、みんなが話しかけても笑いかけても

 「だから何だ」「ほっといてよ」と言うばかり。

 みんなつまらなくなって、卵を忘れて行きました。

 だけど「オレ」だけは「なぁ卵、「オレ」と一緒に行こうぜ」と言うのです。

 「オレ」は卵の返事も聞かず、抱きかかえてしまいました。

 「オレ」は言います。「卵のままじゃ大変だ。「オレ」が何でもしてやるよ、任せとけ!

 卵は初めてそんなことを言われて、もじもじしたり、ドギマギしたり』


実はアイに見せることのできたアニメはここまで、途中までしか作り上げることが出来なかった。



 そして、アイが消えた今。

 見せるべき「アイ」が居なくても、アニメは完成させたい、翔も奈々美も智章もリカも、このアニメのために集まり、続きを作っている最中だった。


『「オレ」は言います。「卵のままじゃ大変だ。「オレ」が何でもしてやるよ、任せとけ!

 「オレ」は卵にご飯保作ってあげました。

 卵の周りを綺麗に掃除してあげました。

 卵を抱いて眠りました。

 ある日、卵は言いました。

 「どうしてこんなにやさしくしてくれるんだい?」

 「オレ」は言います。

 「いつか、新しいお前が出てきたとき、出てきてよかったって思いたいだろ?

  その時、一緒に歌って、踊って笑いたいだろ?」

 卵は初めて泣きました。涙があふれて止まりません。

 「あれっ!?

 卵には小さなひびがありました。

 ひびはどんどん大きくなり、やがて殻に穴が開きました。

 (ぴよ ぴよ/殻の中から鳥が生まれる)

 「オレ」は言いました。

 「ようこそ、この世界へ」』


そして、四人で作ったアニメは完成する。


 完成 したアニメは四人にそれぞれ映像ファイルで配られ、翔は自宅で、アイとともに前半を見たスクリーンとプロジェクターで、そのアニメを再生した。最後に「オ レ」が「ようこそ、この世界へ」と言うと、その鳥は大きく羽ばたき、この世界の空に向かって飛び立っていく。そんなエンディングになっていた。

「・・・よし」

 翔はそのエンディングを確認して、ソファから立ち上がると、一回伸びをして自室に戻るべく部屋を出ようとする。

「翔!!

 突然、自分しかいないはずのリビングで、自分の名を呼ばれる翔。その声には聞き覚えがあった。

「まさか!?

 ちょうどリビングのドアに手をかけていたところだった。声は確実に翔の背中の方から聞こえてくる。ゆっくりと振り返ると、どことなく不思議で奇抜な服を纏った少女が一人。

「アイ!?アイなのか?」

「翔!…オレ、とことん不良品なんだろうな、ビデオテープにさえ戻れなくて、また戻ってきちまったよ」

 そこに居たのは紛れもなく、翔が三か月間、生活を共にした「天野アイ」がいた。翔は恥じらいもなく、そして、アイが言葉を言い切ることなく飛びついた。

「ただいま、翔」

「お帰り…いや、違うな。ようこそ、この世界へ」

 アイが言うのが本当なのか、そこにはビデオガールとして全うしたはずのアイが立っていて、間違いなくそこにアイは存在していた。いま、翔がアイをきつく、しかしほんの一か月の間離れていただけなのに、すごく懐かしい感触を思い出す、アイの姿があった。

「… 知ってるか、翔。おじさんのところにもオレがいるんだぜ、天野あいって言う、ビデオガールで今のオレみたいに起こり得ないことが起こって人間になって今も おじさんと生活しているんだ。…もしかしたら、おじさんのところの「あい」も、不良品でテープにもどれなかったのかも知れねぇな」

 翔が抱きしめる間、アイもまた翔の身体を抱きしめて、そんなことを呟いた。


 二人の興奮がお互いに冷めやんだ時。翔は何かを思い出したように、二階の自室に駆け込む。

 ブラウン管の大型テレビと、テープの挿入口ををガムテープでリモコンごと「封印」しているビデオデッキを見に来たのだ。再生状態の矢印は表示されていない。俗に呼ぶ「砂嵐」の状態で、音声を占めていた音量も今は出ていない。何より、カウンターが0時間00秒をさしている。唯一違っているのは、カウンターの表示が「点滅していない」ことだけだった。

「アイ、お前今、熱くないのか?熱は出てないのか?」

「あ あ、全っ然、元気だぜ、翔が心配してるのはオレが消える事だろうけど…本気で不良品扱いされたのかも知れねぇな、確かにオレは一回消えたんだ、その自覚も ある。だけど、次に気が付いた時には翔がスクリーンを見ていて、ちょうど卵から孵った鳥が大空に飛び立つ瞬間だったんだ」

 ビデオデッキを触っても熱くもなく、機械的な冷たさだけが残っている。

 今度翔は、アイの正面に立つと、自分の額とアイの額をコツンと軽くぶつける。アイから伝わってきたのは、人間的な心地よい体温。翔ははなれるとそこには間違いなく、アイがいることを確認して再び抱きしめる。

「アイ、お前も人間になったんだな」

「… の、ようだぜ。今まで通りに、過ごせそうだけど…奈々美ちゃんや智章、リカちゃんになんて言おう?特に奈々美ちゃんは最後に「幸あれ」と書いてくれたけ ど…オレが翔のところから消えたから、あのアニメも作ってくれたんだろ?ビデオに戻れねぇくらいの不良品って言って笑ってくれっかなぁ?、どう思う、 翔?」

 いまだ抱きしめている翔にアイが訊ねる。抱きしめたまま上の空かな、とアイは感じたりしていたが、「ん~」と唸っているところを見ると、何かを考えてくれているようだった。そして、アイの肩を持って翔がアイから離れると、「そうだな…」と言って腕組みをする。

「多分、みんなあったかい心の持ち主だし、何より「ようこそ、この世界へ」ってシナリオを作ったのは柴原だからな。多分、柴原も「勝手すぎる」って怒るとは思うが、内心、一番喜んでくれるかも知れないな」

 翔は笑顔を浮かべて、そんなことを言ってみる。

「早速、連絡…か?」

「いや、待て待て待て。そんなに軽々と戻ってきたなんて言うのは…やっぱ、勝手すぎるよな。だけど…もうビデオテープにも戻れないからなぁ。ここはひとつ、みんなを驚かせるか。なぁ翔。今度、リカちゃんも含めて四人で集まる日はいつだ?」

 アイはそう言って色々なことを考え始めているようだった。

「…次のアニメを作るかどうかって言うところだな。特にリカちゃんについては学校が違うから、集まるとすれば、また四人でアニメを作るって時になりそうだからな」

 翔の意見を聞いて、アイはう~ん、と一回唸って、翔のように腕組みして、考え込む。

「真似すんなよ」

「何となくしたくなっただけだよ、マネじゃねぇよ」

 翔が悩んでいる姿と同じように、アイも同じような形で悩んでいるのかと感じ、翔はぽつりと意地の悪そうなことを言うと、アイは今までのアイ同様、一言余計ともいえるような返事を返してきた。その言葉を聞き、翔はそこにいるのが間違いなく、自分と一緒に奇妙な三か月と(特に洋太から)呼ばれる時期を過ごしたアイに間違いなかった。

「ま、お堅いことは考えないことにしようぜ、ちょっとおもしろいことは考え付いたから、翔も協力してくれよ」

 アイはそう言って、翔のベッドに翔を押し倒すようにして、抱き付く。

「記憶喪失になってから、性格の後退でも始まったんじゃないか?」

 突然抱きしめてくるアイに翔がつぶやく。アイは「んふふ~」と含み笑いすると、もう消えることにびくびくしたり、熱が上がることでの消滅、なにより、翔を思うことで熱が上がることが無くなったことを自分の行動で示しているようだった。

 翔自身、アイが再び「この世界」に戻ってきたことをうれしく思いながら、あのアニメを四人で仕上げたことに大変な意味合いがあったのではないかと想像するに堪えなかった。