Angel’s Whispers  -天使のささやき- SECONDRY WORKS


 『電影少女 -Video Girl AI 2018-』 After Story Vol.3


 夜ま で新しいアニメの構想を練っていた計五人のクリエイターたちは、とりあえずと言うところで作業を切り上げて、それぞれ弄内家から帰宅する。次回はリカの学 校の都合があり、決まった日時で決めることはできなかった。だが、また近いうちに集合することとして、翔、智章、奈々美の三人は個々に作業を進めることに した。


「…なぁ、翔」

 キッチンの中側に翔の姿が、キッチンの前にある食卓側にアイがいる。

「・・・っと。なに、アイ」

「オレもビデオから出てきたときに比べれば、食えるものを作れるようにはなってきたんだぜ、少しくらいは手伝わせろよ」

 アイが消えてから一か月近く、翔はなんとか時間を掛けながらも食料は親に送付してもらって自炊をしていた。そのくせが抜けない…と言う訳ではないが、アイが夕食を作ると言い張るが、翔がキッチンに立ち入ることを許可しないので、今のような構図が出来上がっていた。

「…俺が作った料理はまともに食ったことないだろ?アイくらいには作れるようになったんだ、試しに食ってみろって。明日からはまた、アイに任せることになるとは思うが…」

 そう言う理由で今日の食事当番は翔が務めることになった。

 品数は少ない、見た目にも少々ごつごつとしていたおかずが配膳され、ごはんと味噌汁が唯一見られるようなものだった。

『いただきます』

 ふたりはそう言って、翔の作ったおかずで食事を始める。アイの感想がどんなだか少々ドギマギしながら翔はアイが食べている姿を見つつ、ごはんを口に運んだ。

「うん・・・これならオレの方がより、翔が好きな味に作れるな、何より味が濃い」

「…アイが作る料理は味が薄いんだよ。アイの味付けで慣れたもんだから、居なくなってからは普通の味付けが濃くて仕方なかったけど、これできちんと計量通りのレシピで作った料理なんだぞ。アイみたいに目分量では作ってないんだから」

 そんなことを言い合いながら、翔とアイは食事を進める。アイはなんだかんだ言いつつ、最後の品まで、翔がゆっくり食べているところをあっという間に食べ切っていた。


 食後の休憩、アイも翔も、そんなにTVを見ることは無かった。何となく、アイに何かが影響しそうと言うことも考えてだった(少なくとも翔は…)。実際のところは、TVである歌手のMVを見ながら振りの練習をして遊んでいたりしたこともあるので、そんなに恐れることもないのだが。

「…翔。やっぱ暖炉っていいな。火の揺らめきとか木の燃える音とか…なんか、静かにそれだけを聞いてるだけで落ち着く感じがする」

 アイ がそう言ったが、翔は特別意見を出さずに、アイ同様、暖炉を囲むように座って暖炉を見つめる。一か月と少し前、ここでアイは自分のことを「やっぱ、不良品 なんだな」と自分で言ったことがあったが、翔にとっては一人で自炊することも、面と向かって話をすることも、内気な部分があって出来なかったことを考える と、例え、「ビデオガール」の仮に造り親が居たとして、その親が不良品だと決めつけても、翔にとっては最高のビデオガールだった。

「…アイはおじさんのところで過ごした時間があったんだよな。おじさんはビデオガールを研究する施設、って言ったんだけど、実際のところはどうなんだ?」

 ふと思い出したように翔は、おじの弄内洋太(もてうちようた)の家のことを話し始める。それを聞きながら、アイも翔も暖炉の火を見ながら話をしていた。

「ここ に戻ったときに言ったけど、研究とか言う以前に、俺の熱の正体を探ってくれてたな。『ビデオガールの役目は人を好きになることではない』と断言されたんだ けど…なぁ翔。一回おじさんのところに行かないか?オレがビデオに戻れなかった事も何かの材料になるかも知れないし…」

「おじさんの家はアイは知ってるんだよな。今度の休みに行ってみっか」

 そうして、翔とアイは小旅行として洋太の家を訪ねることにした。


 その話をしてから、一番近い土曜日。

 海を一望できるその場所に、洋太の家は建っていた。呼び鈴を鳴らすと、中から、アイそっくりの…しいて言えば髪の長さ、着ている服のスタイルの違う、女性が現れる。

「そのうち来るとは思っていたわ、アイ。翔君も、中に入って」

 その女性は、アイの名はともかく、翔の名も知っているようだった。促されその家の中に入っていく。中では、広い作業スペースをとり、机がL型に並んだ状態で置いてあった。真ん中にはソファとガラステーブルがあり、作業場と応接間を合わせた造りになっていた。

「おじさん、突然訪ねてすみません。アイが一度、ここに来たいと言うので…」

「ああ、俺の方から出向こうかと思っていたんだが、当人たちが居ながら話したほうが楽に話が出来るだろうから、来てくれてよかったよ」

 洋太がそう言ってソファに翔とアイを座るように促す。奥のキッチンの方から、ジュースとコーヒーを二つずつ持ってくる、玄関で迎えてくれた女性がそれぞれの前に飲み物を置くと、洋太の横に座って、二人ずつ向き合うような形で座った。

「おじさん、その人・・・」

「…私の名前は、天野あい。…25年前に弄内洋太の前に現れた元ビデオガール。驚くのも無理ないわね。一番驚いているのは私とヨータなのだから…」

 その女性が名乗った名前は「天野あい」。翔の隣にいるアイと同じ名前だった。

「翔君の隣にいるのは25年前の私自身と考えるのが正しいと思うわ。私とヨータは心がピュアな人間にしか見えないビデオレンタル店「GOKURAKU」でヨータに見つけてもらったの。そして、ヨータを慰めるために壊れたビデオデッキで再生されたものだから、そこにいるアイのような、ガラの悪い女の子が召喚されたの」

 洋太の隣のあいが説明を始めるが、翔はともかく、アイも内容について詳しいことはわからないと言った様子だった。

「…おじさんが言っていた、25年前にアイと住んでいたと言うのが、こっちにいるあい・・・?」

「そう だ。…あいがここに居ると言うことは、ビデオテープの中から召喚されるべきビデオガールはもう居ないはずなんだが…今回、起こり得るはずのない、もう一人 の『天野アイ』が召喚された。その理由や、ビデオテープに戻れずに一か月と言う時間で再び翔たちの前に現れたアイの存在の理由がわからないんだ」

「ただ、私と同じ、そちらのアイも私同様、ビデオで再生されずとも生きることになった…人間、もしくは人間に近いものになった、といえるのは事実」

 洋太とあいが話を進めるが、正直、その話を理解しているのは翔の隣のアイだけで、翔はただ、ここに存在しているアイが、眼の前のもう一人のあいと同じく、ビデオガールとして全うしたのにビデオに戻れなかったと言うことだけは理解できた。

「…不良品、だからビデオに戻れなかったのか?それとも…」

 アイがどんな答えが戻ってくるかと慎重に話を進める。だが、アイの質問に対して、洋太もあいも確信をつくだけの答えが見つかっていないと言うことのようだった。

「あい が再生を続けたのは一年以上。色々あって、この長い期間の再生をあいは続けたんだが、本来のビデオガールに立ち戻った瞬間なんかもあって、いったい何をど うすると、『ビデオガール』はこの世界に召喚されるのかわからない状態なんだ。…アイ、君には言えなかったんだが、人間になる方法、逆にアイが人間…この 場合は翔のことを強く思ったときに熱を発することについて、いろいろと調べはしたんだが、結局のところ何もわからずじまいだった」

 洋太は自分の力不足をアイに対して謝るような言い方をする。

「私が人間になったのは、ヨータが初めての絵本を仕上げたとき。…翔君と似ているのよ、アニメを完成させて、納得したらアイが再び現れた。ビデオデッキでの再生もされていない状態で」

「じゃあ、オレも眼の前のもう一人のオレも最悪、何かの時点で消える可能性もはらんでいる、と言うことなのか?」

 洋太と一緒に過ごしてきたあいが説明すると、翔と一緒にいるアイが質問してきた。

「…消えない確率はずいぶん高い」

「元々、ビデオガールだからな、俺も」

 洋太 のところにいるあいもまぎれもなくあい自身なのだ、と言うことを考えれば、ふたたびビデオの中に封印されることはないと考えられ、そんなところから翔言う の「戻ることのない確率」は「かなり高い」と言うことが言えた。それを聞いて、翔は安堵の表情で胸をなでおろす。それを見て居たアイも、消えることが少な いとわかり、翔とともに居られる確率は高いことがわかりホッとした。

「…できる限り、もうあのデッキには触れない方がいい。今はアイが翔のことを思っているこの状態でも、熱は出ていないが、何かしらあれば、もしかすればアイが消滅する可能性も大いに考えられるからな、気をつけろよ、翔」

 洋太が神妙な表情で翔に伝える。

「…ここまでの過去…今、アイがいることは紛れもない事実ですからそのことを大切にします」

「そうだな」

 翔が言うと、洋太は短く答えた。


「悪りぃな、なんか難しい話の中でおきざりにしちまってよ」

 アイが手を合わせて翔に言う。だが、翔はアイの合わせた手を放して、笑顔を見せる。

「過去 になにがあったか、何よりおじさんが色々なことに巻き込まれたことはよくわかった。だけど、そんなことよりは、今ここにアイがいることが一番で、消えない ようまた、熱が上がれば冷ましてやるし…停止、消滅、記憶喪失を招かないようにすれば、俺もおじさんと同じように『元』ビデオガールのアイと一緒に居られ るんだ。そのことを最優先事項にしないとな」

 翔が言うと、アイは嬉しそうな笑顔を見せて、翔の右腕に抱き付いた。