結局、星々の旅団ではなん の収穫もなかった。シュバイツァーがなおも量産体制にあることとか、中途半端な武器を作ってしかし、使い方がわかっていないような状態だったり、散々だったと フィルリュージュもソニアーフィンも思っていた。
「いい加減、星々の旅団も シュバイツァーも、目的が判明してもおかしくないとは思うのですが…」
さすがのソニアルーフィン がフィルリュージュに訴えかける。フィルリュージュもただうなずくだけしかできなかった。
「…まぁ、シュバイツァーに ついては私の私念でしかありませんから、それに付き合わせてしまっているのは申し訳ないと思います。最終的にシュバイツァーに私が生きていることと邪魔をして いるのが、実は殺した相手であることを知ってもらった上で、死んでもらうのが目的なので、これについては本当にソニアルーフィンに付き合わせてしまっていて申 し訳ないと思っていますよ」
フィルリュージュはそう 言って、ソニアルーフィンの方を向くと頭を下げる。まさか、自分のマスターにそんなことをされると思っていなかったソニアルーフィンは慌ててフィルリュージュ に頭を上げるように言った。
「…シュバイツァーについて は、ボクも他人事と言う感じではありません。マスターの私念がボクのなかにも流れ込んできているんでしょうね。…それと、星々の旅団の目的、ですね」
ソニアルーフィンが言う と、フィルリュージュも納得したようにうなずいたりしていた。
二人は街の酒場に戻り、 星々の旅団の建物の中で何があったかを手短に話すと、すぐに酒場を後にした。
「すみませんマスター…なん か、ボク調子が悪いみたいな感じがします。アーティフィカラーが調子悪いと言うのも変な言い方ですが…」
街を後にして数時間。ソニ アルーフィンがなんとなく、自分の動きなどが変な感じがすると訴える。アーティフィカラーとてもとは機械仕掛け、動作不良などは大いに考えられたし、ソニア ルーフィンに至ってはガーディアンタイプであると同時にフィルリュージュとともに共闘する立場にある。闘うことで消耗するし、あらゆる可動部がおかしくなるこ とも十分に考えられた。
「…どこかで一旦休憩しま しょう。そこで、メンテナンスと呼べるほどではありませんが、少し調べてみましょう。」
フィルリュージュがそう言 う。ソニアルーフィンはなんとなくその違和感が、単なる動作不良と言うだけで済むようなことではないような気がして…人間が感じる第六感的な、あまりよくない 出来事が起こりそうな…そんな気がしてならなかった。
しばらくは、平原が続く。 ソニアルーフィンが確認した地図データでも、所々にオアシスのように人々が休憩をとるような場所はあったが、いまフィルリュージュたちにとってその場所はまだ まだ先の話だった。
そんな中、ソニアルーフィ ンは自分に起こっている違和感がどんどん大きくなっていくことに気付いていた。そして、それは突然やってきた。ソニアルーフィン自身は命令を体に出していない のに、勝手に身体が動き出す。それはいつもの自分の戦闘態勢…右の手の甲の部分を中型の剣に変えていた。
そのあと、自分のコント ロールから離れた身体が何をするか、ソニアルーフィンはすぐに察知する。
「マ、マスター!!避けてくださいっ!!」
どのようになどの指示を出 せるような状態ではなかった。それは本当に刹那の時間、ソニアルーフィンが叫びだすのと同時に身体は確実にフィルリュージュの心臓を狙って突きに行っていた。
ソニアルーフィンの言葉を 瞬間で感じ取ったフィルリュージュは右肩から前転するようにして、ソニアルーフィンの剣から逃げ出していた。
「どうしたんですか!?何か原因は・・・?」
フィルリュージュはしゃが んだ体制のままで、ソニアルーフィンを見上げるような形でとっさに訊くが、既にソニアルーフィンの身体は第二手を繰り出し、フィルリュージュに襲い掛かってき ている。ソニアルーフィンも必死になって体の暴走を止めようとしているのがフィルリュージュにもよくわかった。だが、そんなソニアルーフィンをよそに身体だけ は暴走を続け、それは確実にマスター−フィルリュージュ−を狙っていた。
「ボ、ボクにも原因が・・・ だけど・・・・・・」
ソニアルーフィンがそこま で言うと、スッと表情が瞬間消えて、次には一目で残忍とも取れるような、普段のソニアルーフィンが見せない表情になる。
「だけど、私はあんたに指図 されるのが嫌いなんだ。だから、従う風を見せて、いつか後ろから狙って殺してやろうと思っていたんだ」
ソニアルーフィンが一息飲 んで、こう言葉を口にした。だが、フィルリュージュにはそれがソニアルーフィンの本音ではないことは十分に承知出来ていた。
「・・・いったい何だって言 うんですか、私を嫌っているならば素直に言えばいいのに、普段のソニアルーフィンらしくないですよ?」
それがソニアルーフィンの 言葉ではないことを重々承知しながら、フィルリュージュは先ほどのソニアルーフィンの言葉に返答した。ここまで、お互いの出方を探ってそれぞれが行動を止めて いたが、フッと立っていた場所に砂煙を巻くと、ソニアルーフィンは真上から剣を脳天に向けて、落下してくる。フィルリュージュはそれを転がってよけ立ち上がる が、ソニアルーフィンはその方向を確認するとすぐに剣をフィルリュージュの方に向かってないで行く。攻めるソニアルーフィンにフィルリュージュは避ける一方の 状態だった。
「マスタァ、そんな避ける一 方じゃ私だってつまらないですよぉ。組手と同じ感じで抵抗してくださいよぉ、じゃないと・・・」
「じゃないと?」
ソニアルーフィンはまだま だ余裕だし、フィルリュージュがよけられているのは自分が本気を出していないからだと言いたそうな言葉を投げかける。それを聞き、フィルリュージュは肝心な部 分だけをチョイスして、ソニアルーフィンに聞き返した。
「じゃないと、私が責めるだ けで、マスターを殺しちゃうじゃないですかぁ」
その言葉をソニアルーフィ ンが言ったとき、剣をフィルリュージュの左肩に振り下ろしていた。難なくそれをフィルリュージュは避けると、自分の脇にソニアルーフィンの腕を抱え込んで、顔 をソニアルーフィンに近づけて言う。
「つけあがるなよ、この野 郎。この程度で私が殺せると思ったら大間違いだ。それと、わざとらしい言葉を使うのはよせ、『ツヴァイ』、お前の正体なんざ、すでに心得ているんだよ」
いつになく怒った表情で フィルリュージュはそう言う。それを聞き、唖然としてソニアルーフィンはそれ以上動こうとしなくなった。なぜフィルリュージュがそう言ったのか、それが不思議 で仕方がないようだった。
「ソル、ソニアルーフィンの 浸食度はどの程度?」
フィルリュージュはそう 言って、ソルに答えを求める。
「コアを残した状態で、 98%の浸食率だ。それともう一つ悪いニュースだ。グリアリデルの方も浸食されている。こちらもコアを残して95%の浸食率だ」
訊ねられたソルは丁寧に、 今の状態をフィルリュージュに報告した。それを聞き、ソニアルーフィンを浸食したツヴァイ−もとはシュバルツァーが創りだした簡単な、ウイルスをばらまくだけ のソフトだった。それをフィルリュージュがプログラムを書き換えて、グリアリデルのニューロネットワークを監視する役に就けていた−は、自分の正体に気付かれ たこと、浸食率がすぐにばれてしまっていることに愕然とするしかなかった。
「わかりました。まずはソニ アルーフィンの方に手を付けます。それまではグリアリデルの代役をソルとサテラでしていてください」
フィルリュージュはそう言 うと、改めてソニアルーフィンの方を見る。完全に目が泳いでいて、ここからどうやってフィルリュージュに対して攻撃に転じたらいいかわからないでいるようだっ た。
「どうした、ツヴァイ。…ち なみにだが、ソニアルーフィンの一人称は『私』じゃなくて『ボク』だ。それと本物のソニアルーフィンが私を恨み、殺そうとしたら、心臓なんか狙わないさ」
フィルリュージュはそう 言って、抱え込んでいるソニアルーフィンの腕を離す。すでに戦意喪失しているソニアルーフィンを乗っ取った(と思っている)ツヴァイは剣の形を取っていた右手 も元に戻し、その場に突っ立っているだけになっていた。
仮想コンソールをその場で 出したフィルリュージュは近くに研究所の類がないかを調べる。暫く先だったが、今は廃墟になっていると思われる研究所を見つけると、自分の意志で動かないソニ アルーフィンを引っ張って、その研究所まで連れて行く。
「こんなところで何をしよう と言うんだ?もうこいつの身体は俺がのっとったも同然なんだぞ」
研究所に付くと、それまで 静かだったツヴァイが話し始める。だが、フィルリュージュはそんなことはお構いなしになにかの準備を整えていく。そして、鎖と南京錠をどこかの部屋から調達し てくると、一番目立つところに、床にきっちりと留められている椅子にソニアルーフィンを座らせる。
「ここにあるおんぼろコン ピュータで俺を追い出そうって言うのか!?楽しい事考えるもんだ なぁ、シルフィオス。だが、ソルが言っていただろう、コア以外の98%は俺が領域を占領しちまってるんだぜ?」
「…いちいちうるせぇよ。少 しは黙ってろ」
ツヴァイが最後の悪あがき とも思えるようなことをフィルリュージュにしてくる。とはいうものの、身体は椅子に座らされたあと、鎖で雁字搦めにされ-、 南京錠でしっかりと留められて動けない状態になっているだけに、口でしか言い返すことは出来なかったが。
それを聞いていたフィル リュージュは今までのおっとりとした様子とは違った、どすのある声と態度でツヴァイに反論した。
「…ソニアルーフィンは残念 だったなぁ。こいつの体の中じゃ、俺とソニアルーフィンが常にせめぎあっていたんだぜ?まぁ、侵食し始めたら黙っちまったがな」
ツヴァイはなおも話をして くるが、フィルリュージュは特にそれを気にする様子もなく、黙々と作業を進めて行く。、
「・・・おい、シルフィオ ス、ちょっと待て。まさか自分が自らダイブしてソニアルーフィンの領域確保をしようとしているわけではあるまいな?」
突如、準備の様子を見てい たと思われるソルからフィルリュージュに声を掛けられる。
「まさか…」
フィルリュージュは少し含 みを持たせて、そう呟いた。ソルはこの「まさか」がフィルリュージュ自身で出向く意味だと悟りはしたが、止めても無駄だと感じて、それ以上フィルリュージュを 止めるようなことはしなかった。
「でも、その通りだよ」
フィルリュージュはそれだ け言うと、また黙々と作業に入っていく。ソルもサテラも、アーティフィカルメカニズマーがダイブすることについてはあまり進められることではないのを知ってい る。場合によっては、アーティフィカラーの人格が人間の人格を吸収して、別の者になってしまう可能性があったからだった。
「よし、これでいいか。ソ ル、サテラとソニアルーフィンのデータが復旧できるようにダウンロードの準備を進めておいてください。こちらの作業が終わり次第、すぐにソニアルーフィンを元 に戻します」
フィルリュージュはそう 言って、服の下で何かをごそごそといじり始める。
「おい、ツヴァイ。お前に最 後のチャンスをやる。仮に、ソニアルーフィンの電脳空間で私とソニアルーフィンに勝つことが出来たら、ソニアルーフィンの身体を使ってでも、元のデータ状に 戻ってでも、好きなところへ行って、好きにするがいい。…が、私たちは容赦しない。お前を消去−DELEAT−してやる」
フィルリュージュはそう言 うと、静かに目をつむる。カクンと首の力が抜けて、フィルリュージュの意識が電脳空間に移ったことを意味していた。同時に、ソニアルーフィンも目をつむると、 そのまま沈黙した。
「…ほぉ。あくまでシルフィ オスはシルフィオスってことか」
電脳空間で意識を取り戻し たフィルリュージュは、今まで通りの人間の体に唯一の武器、咢を持っていた。一方のツヴァイは大男になってその姿を見せていた。
「大きければ勝てるとでも 思っているんですか?獲物が大きいだけに、こちらは色々とやり易いですけどね」
フィルリュージュが言う と、ツヴァイは力を乗せられるだけ乗せて、素早いパンチをフィルリュージュに向けてはなってきた。だが、あっさりとフィルリュージュはそれをよけると、涼しげ な顔をして、咢さえ抜刀しないで立っていた。それから、ツヴァイは右に左に、上から下からと、攻撃を繰り返してきていたが、フィルリュージュはその攻撃のどれ もを、相変わらず涼しげな顔をしたままで避けて行った。
ツヴァイがだんだん疲れ、 肩で息するようになると、フィルリュージュは口元だけで笑って見せた。
「もう体力の限界ですか? まぁ、しばらく攻撃していましたからね、無理もありませんが。ですが、私は全然攻撃を喰ってはいませんよ?無駄だったんじゃないのですか?」
フィルリュージュはそう 言ってツヴァイを半ば挑発するようなことを言う。
ツヴァイは何で当たらない かは何となくわかってはいた。ただ大きいだけが強いと言うのは有り得ないことだったからだ。しかし、一回のラッキーヒットでもあれば、相手は人間サイズ、潰せ る可能性もあったため、敢えて執着してしまっていた。
ツヴァイはフィルリュー ジュに言われ、人間サイズに戻る。その姿を見て、呆れたようにフィルリュージュが言う。
「なんだ、模倣するのは自分 の生みの親ですか。…もう少し、ひねりが欲しかったですねぇ」
フィルリュージュが言う と、不機嫌そうなシュバイツァーの姿になったツヴァイは、データから具現化した剣を振り上げてフィルリュージュに向っていく。
「傀儡に巻かれろ!!」
突然、フィルリュージュで はない声が聞こえる。その声を聴いたツヴァイの周辺には突如として顔に目も鼻も口もないのっぺりとした人形が5体ほど姿を現す。
「くっ、な、なんだ!?」
ツヴァイは次々にそれを切 り捨てると、あっけなくその傀儡は力なく倒れて行く。手短に周りの傀儡を片づけると改めてフィルリュージュの方に向き直る。とくにフィルリュージュに変わった 様子はなかった。だが。
「雷(いかずち)と踊れ!!」
突然その声は聞こえてく る。すると、ツヴァイの周辺に、今度はいくつもの雷が落ちてくる。剣を持っているので、次々と雷はその剣に落ちていく。剣を離そうとするが、筋肉が雷の電流で 痙攣を起こし、剣が手放せないまま、しばらく雷にうたれることになった。
何が起こっているかわから ないツヴァイは、周辺を探るが、それでも特に変わった様子もなかった。
「攻撃してこないのです か?」
完全に挑発と言えるように フィルリュージュは一言言った。ツヴァイの人相はさっきよりもひどく不機嫌で怒りに満ちているようだった。
瞬間的にフィルリュージュ とのわずかの間合いを詰めると、剣を振り下ろす。だが、フィルリュージュはそれをあっさりとよける。前かがみになったツヴァイを確認すると、勢いよくフィル リュージュは右足を跳ね上げ、ツヴァイの顔面に蹴りを入れる。よろよろと顔を手で押さえながら後ろに下がっていくツヴァイを見ながら、フィルリュージュは自分 からツヴァイとの間合いを詰めると、ツヴァイの両肩に手を乗せると、右、左の順で、腹部に膝蹴りを見舞う。その流れのまま軽く飛び上がると、ツヴァイの胸のあ たりを両足をそろえた状態で蹴り飛ばす。さすがのツヴァイもこれには倒れざるを得なかった。攻撃したフィルリュージュは綺麗な弧を描くような宙返りをして、そ の床に着地した。
「な、なにしやがる!!堂々とてめぇだけでかかってきやがれ!!」
ツヴァイはフィルリュー ジュに向って叫んだ。
「…私は何にも指示はしてい ませんし、私自身がなにかをしているわけでもないですよ」
フィルリュージュが言った 瞬間だった。
「真空の刃!!」
フィルリュージュではない 声で、突然発せられる。それは何かのコマンドのようで、言葉の後には『それ』が具現化してツヴァイの周辺に現れる。いまも例外ではなく、突如として真空の刃… かまいたちがツヴァイを襲う。
「こんなフェアじゃない闘い 方なんか認められるか!!」
「でも逃がさないよ。無限の 回廊!!」
ツヴァイが文句を吐き捨て て、闘いを放棄しようとしていたが、謎の声が再び次の現象を呼び出す。それは長く続く廊下に周囲は変わっていき、どんなに先に走って行っても、フィルリュー ジュとの間合いは離れることはなかった。
自棄になったツヴァイは フィルリュージュに向けていた背中を反転させ正面を向くと、手のひら大の箱のようなものを今度は手の中に召喚させていた。それもフィルリュージュは簡単に避け て行くが、当たった回廊の壁は少しだがデータのゆがみを見せる。
「…なるほど、イレイザーっ てところですか。でも私は消えませんよ?」
と言っているフィルリュー ジュの腹部にその箱を突きつけたが、データがゆがむことはなかった。
「・・・じゃあ、デリート!!」
謎の声がした。その時、ツ ヴァイはようやくその正体をフィルリュージュの肩の上に見つけることが出来た。
「ソニアルーフィン!?なんで貴様が…!!」
98%は侵食して、データ はなくなっていたはず、ましてソニアルーフィンの人格ものっとって、現実世界でフィルリュージュに斬りかかっていたツヴァイに、小さな姿のソニアルーフィンを 見つけたのは意外だった。
「…コアと2%程度あれば、 自分の電脳空間に姿を現すことくらいは可能だよ、データだけで成り立っているツヴァイにはわからないと思うけどね。さっきの『言霊(ことだま)』はいま、マス ターの咢に宿っている。…デリートされないように気をつけな、ツヴァイ」
ソニアルーフィンはそう 言って、フィルリュージュの肩の上でツヴァイに言った。
「『言霊』だと!?」
「そう、ボクだけが使える特 別な呪文さ」
ソニアルーフィンはそう 言って、言霊のことを簡単に説明した。ソニアルーフィンの瞳がプロジェクターの役割を成す。その空間にソニアルーフィンがこちにしたものがうっすらと映し出さ れる。それを確認したソルが、全く同じものを具現化することで言霊は成り立っていた。だが、ソニアルーフィンは特別説明もしないままで、フィルリュージュの肩 の上でその闘いの行方を見守っていた。
静かにフィルリュージュは 咢を抜刀する。日本刀独特の輝きを持ちながら、咢はその刃の姿を現す。
ツヴァイはその刀身に少し ばかりの恐怖を感じる。そうしてフィルリュージュが咢を振りかぶるとツヴァイは体が硬直して動かなくなる。だが、フィルリュージュの剣はツヴァイを課すること もなく、周りを刻んでいく。
「はっ、なんだ、偉いことを 言っていたようだが、俺自身を消すこともできないようじゃ、なまくらな剣もいいところだな」
今まで震えていて、身体が 半ば硬直していたツヴァイが余裕を取り戻して言う。それを聞いて、「ふぅ」と一息フィルリュージュがついた。
「んじゃー、こっちから勝手 に行かせてもらうぜぇ!!」
ツヴァイが再び剣を振り上 げてフィルリュージュに斬りかかった時、フィルリュージュの影から突然、別の人影が現れて、フィルリュージュを斬ろうとした剣は止められた。そして、その影を 見た時、ツヴァイは絶句していた。
「・・・・・・!!」
「よぉ、ツヴァイ。大きな口 を叩く割にはボク程度のアーティフィカラーにでも止められちゃうような剣しか持ってないんか。これじゃぁ、見つかってからすぐに『抵抗もせずに』データを書き 換えられるのも無理ないなぁ」
ツヴァイの剣を止めた状態 でそう言ったのは誰でもない、ソニアルーフィンだった。
「…なんで貴様が・・・!!」
「簡単なことさ、マスターは 闇雲に咢を振り回していたわけじゃなくて、要領よく、ツヴァイのデータで埋まってしまった場所をどんどん『デリート』していっていただけさ。そこにボクの本来 のデータをサテラから書いてもらっていただけ。ソル、ボクの書き換えられた容量の内、侵食されていた部分はあと何パーセント?」
ソニアルーフィンが得意げ にツヴァイに説明する。そして、ツヴァイが(恐らく苦労して)書き換えたデータの残りをソルに訊ねる。
「あと0.5%あるかない か、と言うところまで復旧したぞ」
ソルのその言葉にツヴァイ は再び絶句する。それもそのはず、フィルリュージュは特別場所を移動したりもせずに咢を振っているだけのようにしか見えなかったからだった。
「…お前が思っているような 適当な仕事をマスターがするはずない。『デリート』の言霊がかかっている咢の刃はかまいたちとなって、離れた場所のすべてのデータを消去していたのさ。あとは サテラからボクのデータをダウンロードすればいいだけ」
ソニアルーフィンはそう 言って、交差している剣をはじいて、フィルリュージュの横に来た。
「お前ごときを利用しようと した私が甘かったと言うことだな。さっさと消えてもらうか」
フィルリュージュはそう 言って、再び咢を構える。ジリッと右足を出す、それを見てツヴァイは一歩下がる。デリートの言霊を未だ維持している咢に斬られればひとたまりもない。だが、す でにソニアルーフィンの中で自由に動き回れるのも、自分を維持するのも、わずか全体容量の0.5%でしかない。ツヴァイはこの時になって初めてフィルリュー ジュが、『シルフィオス』と名乗っている理由を知った気がした。
フッと姿が消えると、半ば わざとフィルリュージュは咢とツヴァイの剣を交差させ、鍔迫り合いに持ってくる。ツヴァイは慌ててそのフィルリュージュの太刀を弾き飛ばすが、刃同士が交差し た場所は刃こぼれが起きてしまっていた。
「さて、あっさりと終わって しまうのはつまらないのですが…」
そこまでフィルリュージュ は言うと、なぜか咢を納刀する。そして、フィルリュージュの横にソニアルーフィンが並ぶ。ソニアルーフィンはいつもの戦闘態勢を取っていて、ツヴァイに対し て、いつでも攻撃に転じられるような状態でいた。ツヴァイはそんな二人を見て、とてつもない強敵に出会ってしまったときのように、足が震え、動くに動けないよ うな状態になっていた。
ソニアルーフィンはその表 情から、明らかに怒っていることが確認できる。そんなソニアルーフィンはスッと動くとたちまちツヴァイとの間合いを詰めて、瞬間的に両腕、両足を斬る。データ の屑になってツヴァイの両腕両足は崩れて行き、ツヴァイはそこにあおむけに転がるしかできなくなった。
「…正直、危なかったけど、 お前が完全に占有しないうちにマスターを襲ってくれて助かったよ。サテラからほぼタイムラグのないデータをもらって、今までのボクの状態に戻ることもできたし ね」
ソニアルーフィンが少々憐 れみを含んだ表情でツヴァイを見ながらそう言った。そして、転がったツヴァイの横に座り込む。少し離れたところにいたフィルリュージュも近づいてきて、ツヴァ イの横に座り込んだ。
「…確認したいこと、聞きた いこと、はっきりさせたいこと。たくさんあります。…が、『フィルリュージュ』の名を別の場所では使ってはいませんね!?貴 方はコンソールにトラップを仕掛けていると言って私たちの前に姿を現した時に『フィルリュージュ様』と言っている。この名はソル、サテラ、ソニアルーフィンし か知らず、グリアリデルだけに記録されているデータです」
フィルリュージュはそう 言って、ほぼ無表情でツヴァイの方を見もせずに話しかける。ツヴァイにとって、相手にされていないと一番思い知らされた瞬間だった。
「…ああ、あの時はとっさに 言っちまったが、普段は『シルフィオス』と呼んでいたよ。別名があると言うことは言っていない」
一応の礼儀として、ツヴァ イはフィルリュージュの方に顔を向けて、横顔に話しかける。
「なら、かまいません。…質 問は多岐に渡ります。が、大きく分ければ二つだけ。シュバイツァーの事と、星々の旅団の事。ツヴァイはどちらかと言えば、シュバイツァーの事の方が詳しいので しょうが、旅団とも行動を共にしていたのは事実ですから、知っている範囲で結構です、質問に答えてください」
フィルリュージュは何とな くツヴァイの方を見下ろす感じで(それは冷たく刺さるような蔑みの瞳にも似て)、一応納得したような返事を返す。
「早速ですが…まずは、シュ バイツァーのオリジナルはどこにいますか?…いえ、『有りますか?』と訊いたほうが正しいのかも知れませんね?」
フィルリュージュは転がっ ているツヴァイを見ながら、そんな質問の仕方をする。ソニアルーフィンはその質問の真意がどんなものかよくわからないと言った感じだったが、ツヴァイがどう返 答するかをうかがっていた。
「…わからん、と言うのか正 しい答えだ。今、オリジナルが大量生産のアーティフィカラーのためにデータベースとして電極がつながっていて仮死状態なのか、活発に活動しているのか、それと もアーティフィカラー化をして、すでにアクアクリスを闊歩しているのか。少なくとも、俺がグリアリデルとソニアルーフィンのデータ改ざんをするように指示され たのは、シュバイツァーに一番近い人間ってだけだからな」
ツヴァイは歯切れ悪く、 フィルリュージュの質問に返事した。それを聞き、フィルリュージュは進展なしと言いたそうに、曇った表情でツヴァイを見下ろしていた。
「…そもそも、ツヴァイは シュバイツァーとは会ったことは?」
質問の趣旨を変えると言っ た感じで、フィルリュージュはツヴァイに質問を続ける。
「ああ、一回だけ、俺がまだ 記憶媒体の中で動けない状態の時に、俺をウイルスのバラマキ役にしようと言い出したのがシュバイツァーだ。結局、プログラムの完成を見ないままどっかに行っち まったがな」
ツヴァイはなんでこんなみ じめな状態になってしまったのだろうと言いたそうな、悔しそうに声を絞り出す感じでフィルリュージュの質問に答えていく。
「可能性として、シュバイ ツァーが潜伏している場所と言うのはわかりますか?」
フィルリュージュの方もそ んなにのんびりとシュバイツァーを探すつもりはなかった。ほんの少しでもいい、情報が無いものかと質問を重ねていく。
「いや、それはわからん な…。だが、シルフィオスさんよ、もしシュバイツァーが異常なまでの執着心で探しているのならば、向こうからコンタクトはあると思うんだが、どうだい?」
ツヴァイに逆に質問され て、フィルリュージュは「ふむ…」と腕を組んで考え込んだ。
「今まで、確かにこちらから シュバイツァーに会いに行ったと言う経緯はありませんね」
「と、すれば、シュバイ ツァーほどの人間です、何かしら、自分にとって格別のものが出来たら、おびき寄せに動くかも知れません、マスター」
フィルリュージュとソニア ルーフィンはツヴァイの言う話を聞いて、改めて考え込んだが、確かにシュバイツァーがなにかしらの自信を付けたのならば、きっと呼ばれると言うのは、あながち 間違いでは無いと感じられた。
「…ただ、待つと言うのは性 に合わないんですよね」
フィルリュージュがぽつり とつぶやく。だが、ソニアルーフィンはそんなフィルリュージュを説得する。
「いつ来るか、と言う点では なかなか待つのも難しいとは思いますが、ここは敢えておびき出される形を取った方が、よりオリジナルに近づけると思います」
ソニアルーフィンの言葉 に、フィルリュージュはまだなんとなくしっくりこない感じの表情をしていたが、それはそれで納得したような感じで、軽く手を叩いた。
「ソニアルーフィンの言うよ うに、待つのがよさそうですね、シュバイツァーについては。…次に、星々の旅団についてですが、そもそも、旅団はキャラバン隊の先陣だったはずなのに、なぜ、 兵器だの実効支配だのに拘るか、ツヴァイはわかりますか?」
フィルリュージュは思考を 切り替えて、別の質問をした。ツヴァイももう一つが星々の旅団のことと言うのは初めに聞かされたので、それは特に困るような質問でもなかった。
「簡単に言えば、キャラバン の全員だったり、街の人間だったりが、自分たちに一目置く存在になりたがっているんだよ。簡単に言っちまえば、リーダー格ってヤツか。いつ、いかなる場所で も、すべてにおいて、なんてことは考えてはいないんだ、一応、な」
ツヴァイは人間の考えるこ とはよくわからない、と言いたそうな感じの呆れた声で説明をする。
「そう言う意味での先陣…だ けど、従わなければ殺すとでも言いたい感じですね」
ソニアルーフィンが人間の 勝手さの垣間見える部分を目の当たりにして、ぞっとしたとでも言いたそうな感じで、ツヴァイの言った言葉を繰り返す。
「それがエスカレートして、 兵器作り、と」
「あまり知られちゃいない が、完全なアーティフィカラーを完成させた一号ってのは、星々の旅団の前団体だったらしいぜ。そう言う意味では、アーティフィカラーならば刃物なんかも怖く ねーから、キャラバンの守護にはもってこいの存在だったんだろうな」
フィルリュージュは今の 星々の旅団の方向性をポツリとつぶやく。それに付け加えるように、ツヴァイが初めのアーティフィカラーについて話をする。それはフィルリュージュもソニアルー フィンも初耳だったようで、驚いた顔をして、ツヴァイの方を見る。
「より強固、と言うのは求め るべき道ではあったんだ」
ソニアルーフィンがぽつり とつぶやく。キャラバンを守るのに、やすやすとやられてしまうようなアーティフィカラーでは役に立たない。そうなると、ソニアルーフィンのような、『より強固 なアーティフィカラー』を追い求めるのは必然だったのかも知れない。そして今は、目的が入れ替わってしまい、力でねじ伏せるための強固さを求めてアーティフィ カラーを研究して居ると言う状態になっていた。
「アーティフィカラーだけが 研究材料、と言うわけでもないと思うのですが…?」
フィルリュージュは一旦ツ ヴァイの言うことに納得したが、更にその奥を探ろうと質問を繰り返す。ツヴァイはもうすべて失った感情になり、洗いざらい話す覚悟は出来ていたので、フィル リュージュの質問もそんなに苦にはならなかった。
「そこからが、兵器に移るポ イント。ただ強いアーティフィカラーを作ったところで活躍出来なきゃ意味はねぇし、活躍ったって目立った行動ではなく、地味にことを進める程度だとしたら、 『星々の旅団が居てくれたから』って具合にはならねぇだろう」
「・・・名声が欲しかった、 と言うことでしょうか?」
ツヴァイが話すと、フィル リュージュはその言葉を聞き入れたうえで質問を返す。
「そう言うことなんだろう な。それがエスカレートして、アクアクリスに台頭したくなってきた、と言う感じの歴史なんじゃねぇか?」
ツヴァイも最後の方は推測 の域を出ないと言った様子でフィルリュージュに話をする。フィルリュージュもソニアルーフィンもツヴァイの言うことには納得していいた。
「台頭して、何かをしたいの か、と言うことまではわかりませんよね」
「ああ、ワリィが最期の方の 話も想像の範疇ってことで受け止めてくれた方が間違いじゃねぇと思うぜ」
フィルリュージュはツヴァ イに確認を取ると、その通りの答えがツヴァイから返ってきた。それからしばらく、沈黙が流れる。ツヴァイは何となく、このままで終わるのを覚悟して悲観する感 じの心境だったが、そのとどめを刺すフィルリュージュとソニアルーフィンは普段と変わった様子もなく、何かを考え込んでいるようだった。
「だいたいのことはわかりま した。どちらにしても、シュバイツァーと星々の旅団のリーダーにあってみないことにはわからないことですね。…さて、短い間でしたが、これであなたも終わりで す」
フィルリュージュはそう 言って立ち上がる。床に転がっている状態のツヴァイを見下ろしながらつぶやいた。それを見て、ツヴァイは有り得ないほどの恐怖に襲われていた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ と待ってくれ、これであっさりと斬って捨てておしまいか?」
「…至って普通なことです。 用のないデータはさっさとデリートするのが一番だと言うことを教えてくれたのは、誰でもない、ツヴァイですよ?」
未練がましくツヴァイが泣 きつくような切ない表情でフィルリュージュに訴えかけたが、フィルリュージュが見つめるその瞳は、先ほど座った時以上に冷徹で、もう二度と騙されないと言う思 いが強く表れているようだった。
「も、もう、裏切ったりはし ない、だから・・・」
「無駄です。もうあなたに用 はありません。…それでは、さようなら」
フィルリュージュはツヴァ イが悪あがきをしようとするのを言葉で制すると、咢を鞘から抜き放った。そして、躊躇することもなく、ツヴァイのデータを必要以上に細かく切っていく。次々に プログラム言語として存在していた単語やデータのアルファベット、数字がばらばらと落ちて行った。
確実に、それがツヴァイで あったことを忘れるようになるまで斬ったフィルリュージュは何となく悔しさも持っているように見えた。
「さて、それでは現実世界に 戻りましょう」
フィルリュージュはそれだ け言うと、すぐにコマンドを実行して、自分の身体にデータをアップロードしていった。
フィルリュージュとソニア ルーフィンはツヴァイを始末した研究所をすぐに飛び出す。
場合によっては、粉々の データになったはずのツヴァイが、その状態で感染してくる場合が考えられたからだった。そうして入口を出た瞬間、十人前後のライフルで武装している一団に二人 は取り囲まれた。
「シルフィオス殿にソニア ルーフィン殿ですね?」
「ええ、そうですが・・・あ なた方は?と、聞くまでもないでしょうか。そもそも、拳銃やライフルと言う『銃』と言うカテゴリはこのアクアクリスには存在しないはず。…シュバイツァーの 放った方々ですね?」
そう言って、フィルリュー ジュは周りをぐるりと取り囲む一団を眺める。
「シュバイツァーは銃まで作 りましたか」
「おとなしくしていただけれ ば、こちらも手は出しません」
フィルリュージュが呆れな がら言うと、淡々と周りを囲んだ一段の中の一人が言った。
「どこへ連れて行ってくれる のかな?」
フィルリュージュはそう 言って、一団に自分たちを目的の場所に連れ出すようにと指示を出す。それを聞き、一段は二人をうまく取り囲みながら、連行していく。
しばらく歩くと、まるで宮 殿のような大きさの建物が目に映るようになる。それは近づくにつれて、徐々に大きさを増し、その門まで来た時は本当の宮殿のごとき大きさに驚くことになった。
一団は門番に指示を出し、 門を歩開けるように促す。格子の門は軽々と開けられ、フィルリュージュたちはその敷地の中に招き入れられる。正面の入り口から入り、そのまままっすぐ歩いて行 く。いくつかのドアを通り過ぎると、大きな広間に出る。おそらくここが、シュバイツァーと星々の旅団の長との謁見の間なのだろう。一団は二人を一歩前に促す と、自分たちは一歩下がって、誰かが出てくるのを待つ。
「これはこれは。噂のシル フィオス殿とソニアルーフィン殿ではないですか。我々の無茶な要求にも応じていただけるとは、心が広い」
そう言って出てきたのは、 二人があったことのない人物だった。その点から推測するに、この少々軽そうな男が星々の旅団の長のようだった。そして、そのあとからは、少し険しい表情をした シュバイツァーが現れる。
「心が広いわけではなくて、 我慢できなくなっただけですよ、早くあなた方に会いたくてね」
そう言って、フィルリュー ジュは皮肉一杯に長に向って言う。だが、その長は皮肉とは受け取らずに、嬉しそうな笑顔を返してきた。フィルリュージュとソニアルーフィンは困ったと言った顔 でお互い見合わせた。
「…よう、よくも俺様の分身 を次々と斬ってくれたな、シルフィオス」
続けて、気分が悪いと言う よりは、あっけなくアーティフィカラーのシュバイツァーを簡単に切って捨てられたことに腹を立てていると思われるシュバイツァーがフィルリュージュに語り掛け る。
「…どうせ作るならば、きち んとバトルタイプのアーティフィカラーで作るものだ。そのあたりにごろごろしているアーティフィカラーなぞ、すぐに斬れるに決まっている」
さも当然と言うようにフィ ルリュージュはシュバイツァーに言い放つ。それを聞いてシュバイツァーも半分は納得しているような表情で相変わらず二人をにらみつけていた。
「で?ここに連れて来てどう しようって言うのさ?」
フィルリュージュが言うの と同時に、広間のあらゆる場所から色々な型のアーティフィカラーと思しき個体が一斉に姿を現した。
「んじゃあ、これだけのバト ルタイプ、ガーディアンタイプのアーティフィカラーでも、貴様は対抗できると言いたいんだな?」
シュバイツァーが言うが早 いか、その大量の戦闘タイプアーティフィカラーは手に手に武器を持って、フィルリュージュだけを目標に突進してくる。
「マスター!!」
慌ててソニアルーフィンが その間に入り込もうとするが、フィルリュージュはそれを手で制止する。そして、何本もの槍や剣がフィルリュージュの身体に突き刺さっていく。そして、確実に心 臓を目がけて放たれた二本の剣は前から後ろからと心臓を貫く。心臓からは血が脈打つのと同じタイミングであふれ出てくる。
「さすがのシルフィオスもこ れだけ喰らえばそう生きてはいられまい!!」
シュバイツァーが歓喜の叫 びをあげる。フィルリュージュは正面から突き刺された何本もの槍のおかげで立っていられるような状態だった。
だが、そんな喜んでいる シュバイツァーの顔から、どんどんと血の気が引く。フィルリュージュの指先が動き出すと、次は肘を曲げ、槍で支えられて居た身体は自分の日本の脚でしっかりと 立ち、最後にはしっかりと目に生命の息吹を含んで顔をあげた。
「・・・やってくれるなぁ、 シュバイツァー。だが残念だったな、このくらいで破壊の女神を破壊できるなんて考えているようじゃ、まだまだだな」
フィルリュージュはそう言 うと、槍を一つ一つ丁寧に抜き始める。ソニアルーフィンも背中に刺さっている槍を次々に抜いて行く。獲物をフィルリュージュに投げて刺し殺したと確信してい た、二人を取り巻くアーティフィカラーも、どういう事か理解が出来ずにただ茫然と立ち尽くすだけだった。
「な・・・ばかな、貴様、人 間じゃないのか!?」
「・・・人間だよ、半分ね」
シュバイツァーがただただ 驚きの表情を浮かべて、フィルリュージュに訊くが、フィルリュージュは答えを少しはぐらかして答える。
「…破壊の女神を仮に破壊で きたとしても、闘おうとする者が居るんじゃ、死んでなんていられない」
フィルリュージュはそんな 意味深なことを言いながら、服にできた穴とそこに吹き飛んでいる血を見て、「よくぞここまでやってくれたもんだ」と独り言を言いながら、シュバイツァーが次の 語を紡ぐのを待っていた。
「半分人間・・・?それはま るで…禁忌だ、そうだ、禁忌とされている技術を使っているようではないか!!」
シュバイツァーが言葉の意 味を解釈して、しゃべったのを確認する。そして、その言葉は大体、フィルリュージュが想像していたものと一緒だった。
「『ようなもの』ではなく て、この身体は禁忌を踏んで生まれた身体だよ、何も間違っちゃいない」
フィルリュージュがそう言 うと、シュバイツァーは絶句していた。
「あ・・・アーティフィカル メカニズマーだと!?だから血も出れば、代謝はアーティフィカラー の方でコントロールしてすぐに傷をふさぐ・・・そんなことができるのか」
シュバイツァーはそう言っ て、フィルリュージュの姿をまじまじと見ていた。
「が、どんなにアーティフィ カルメカニズマーだろうが、一斉にかかればひとたまりもあるまい!!」
シュバイツァーが言った瞬 間、フィルリュージュたちを取り巻いていたアーティフィカラーは徒手空拳よろしく、次々に二人にかかっていく。だが、フィルリュージュは咢を抜き、ソニアルー フィンは手甲を剣に変えると、次々にかかってくるアーティフィカラーを多少の苦戦もしながら倒していく。
「…ついでに言うと、私の本 当の名は『シルフィオス』じゃあない。『フィルリュージュ』と言うのが本当の名だよ。だから、闘おうとする者がいる限り、女神はそれをジャッジし続けなければ ならない。…そして、自分の勝負にも、きちんとケリをつけなくちゃ、闘いの女神の名が廃る」
フィルリュージュは一斉に かかってくるアーティフィカラーをいとも簡単に薙ぎ払うと、瞬時にシュバイツァーとの距離を縮め、咢を構える。シュバイツァーは今目の前で何が起きているのか わからなくなっているような、混乱した状況だった。
だが、そんなシュバイ ツァーに対して突如、声がかけられる。
「慌ててるんじゃないよ。… まぁこの世界のコンピューターレベルじゃ、破壊の女神が闘いの女神だったなんてことがあった、そしてそれがアーティフィカルメカニズマーだったと言う事実を突 きつけられると、演算が限界点を突破しちまうのかも知れないがね」
その声がやむと、フィル リュージュの前にいたシュバイツァーはよろよろとよろけ、そして小さな爆発をいくつもしながら崩れていく。どこからともなく聞こえた声がシュバイツァーである ことは、誰でもない一緒にいる時間の長かったフィルリュージュが一番分かっていた。
「…久しぶりだなぁ。貴様に 女装の気があったとはな。…どうやってその身体に憑依したんだ?」
シュバイツァーはフィル リュージュが誰であるかは既にわかっているようだった。
「さぁ。私はソルとサテラに 精神体だけ拾い上げられて、この身体を手に入れられたってだけだよ。…お前こそどこから私と同一人物だとわかっていたんだ?」
フィルリュージュはそう シュバイツァーに訊ねるが、特別返事は返ってこない。
「ま、お前ごときが私の存在 に気付いたって、うろたえるか虚勢を張るかくらいしかできないんだろうがね」
そう言って挑発するような 言葉をフィルリュージュは並べる。するとシュバイツァーが静かに反論の言葉を言う。
「・・・お前って呼ぶな、俺 には名前だってあるんだぞ!」
「・・・フン。お前ごときに 「様」なんてつけていられるか。元々『貴様』とは、古く上官が同等以上の相手に対して礼儀を払った上で呼ぶ呼び方だ。シュバイツァー『ごとき』に貴様なんて立 派な言葉を付けるだけ損さ。だからお前のことはお前で十分。シュバイツァーなんて名前だって必要ないさ」
シュバイツァーが反論する がその言葉が終わるのと同時にフィルリュージュは鼻で笑い、シュバイツァーを確実に目下に見るような態度で追いやって行った。悔しさがにじむのか、歯ぎしりす るような音が聞こえる。どこか別の部屋でこの部屋を監視しているのだろう。
「さて、そろそろ鬼ごっこは やめにしようよ。そのつもりがあったから、お前だって私たちをここに連行したんだろう?」
フィルリュージュはそう 言って咢を納刀しながら、どこで見ているともわからないシュバイツァーに話しかける。すると、今まで壁だった部分がゆっくりと開いて行く。そこには隠し通路が 出来ていて、中は薄暗く証明が付いているだけだった。フィルリュージュが率先して歩いて行く、そのあとをいつになく緊張しているソニアールーフィンが付いて行 く。暫く行くと、重々しい感じの扉がある。それをフィルリュージュは躊躇なく開け放つと、その中に入る。
そこには横たわるシュバイ ツァーと星々の旅団の長の姿があった。そして、その二人とも、頭部が切り開かれて、何かの水溶液の中に、脳だけが付けられているような状態だった。
ソニアルーフィンはそれを 見ると突然、本来感じることのない吐き気を感じ、口に手を当てて、「ぐぅっ」と苦しそうな声を出す。フィルリュージュはいったん立ち止まり。その二人の姿を見 て、呆れた感情に包まれる。
「…これが、お前の言う『唯 一無二』なのか?だとしたら、これほど滑稽なことはないな」
フィルリュージュはそう 言って、呆れた気分さえ通り過ぎて、すべての気力が殺がれた感じになった。
「なんだと!?こ れが滑稽だと言うのか?全ての脳から出ている信号は、ハードワイヤー化された神経線を伝って、身体に伝わる。だが、その接続先を自分の…人間の身体ではなく、 コンピュータや果ては殺人兵器に接続すれば。自分で『感じる』だけですべてを成すことができるようになるんだぞ!?」
横になっていて、全身の力 が抜けきっているシュバイツァーが言うが、フィルリュージュは額に手を当てて、首を振るだけだった。
「そこまで否定するのなら ば、今、俺が出来るすべての能力を使って、破壊の女神シルフィオスを…いや、闘いの女神フィルリュージュを打破して、破壊の女神をも破壊してやろうではない か」
その声とともに、足音を忍 ばせて今までとは違う型のシュバイツァーが姿を現す。余裕なのか、一体限りだった。
「ソニアルーフィンは手出し 無用ですよ」
フィルリュージュはそう 言って咢をシュバイツァーに向って構える。シュバイツァーも長剣と短剣の間ほどの独特な長さの剣を取り出すと、フィルリュージュに向って構える。
瞬間、二人はお互いに向っ て突進する。
ザッと言う音 がして、フィルリュージュとシュバイツァーがお互いの位置を入れ替えて、振り返っていた。お互いの服の一部が斬られただけで、他に傷らしい傷はない。それ を確認すると、フィルリュージュは今度は右手だけで咢を構える。それを確認したシュバイツァーは完全に振り返り身体を正面に向けた瞬間に再び床を強く蹴っ て、フィルリュージュに突進していた。「キィ」と言う、金属独特の音がすると、フィルリュージュは右手一本で咢を持ったままの状態で、シュバイツァーの剣 を受けていた。刹那、フィルリュージュはシュバイツァーとの間を少し詰めると、空いた左手をシュバイツァーの後頭部に回すと、そのまま自分の方に引き寄 せ、交わる剣をよけるようにして頭突きをする。呆気にとられたシュバイツァーはふらふらとフィルリュージュから離れてしまう。それを好機と呼んだフィル リュージュは床を蹴って飛び上がると空中で一回転して勢いを付け、両手でしっかりと握り直した咢をシュバイツァーの脳天目がけ振り下ろす。慌ててシュバイ ツァーは剣を構えてよけようとするが、咢は容赦なく剣までもを斬ると、そのままシュバイツァーを脳天から腹部辺りまで刃を食い込ませる。アーティフィカ ラーのシュバイツァーはいくつもの機械部品をまき散らしながら、ガラガラとその場に崩れて行った。
「あっけないな。わざわざ破 壊のために放り込んだアーティフィカラーの割には、いとも簡単に切って捨てられたぞ?」
そう言いながらフィル リュージュは咢を一閃させると、静かに納刀する。そして、何かを思い抱いたように再び話し出す。
「ああ、そうか。このアー ティフィカラーの指示系統は搭載されたAIじゃないな、闘い慣れもしない、自分自身で操ったのか。それこそ、勝機など無いぞ、シュバイツァー」
そう言って、フィルリュー ジュは横たわるシュバイツァーと旅団の長の元に向かう。
身体の方も特殊加工されて いるらしく、蝋を塗ったような感じで表面はてかてかと光っていた。
「…唯一無二、か。ならば、 私がしてやる。肉体のない、しかし永遠に生きねばならない宿命とともにな」
再びフィルリュージュは咢 を抜き去ると、脳から出ているハードワイヤーの中から、一部のワイヤーだけを切り落とした。
「ま、待ってくれ、そんな存 在などになっても嬉しくない!!ならばいっそのこと、殺してくれ!!」
そう言ったのは旅団の長 だった。
「…あまりにみじめだもん な。わかった、後悔はないな」
「いっそのこと、すっぱりと この命を絶ってくれ!!」
そこまで旅団の長が言う と、ソニアルーフィンが相変わらず気持ち悪そうにその、脳の浸けられている容器を見ていたが、フィルリュージュがうなずくとソニアルーフィンは両手をその容器 に向けた。
「裁きの雷!!」
ソニアルーフィンが唱える と、今まで扱った雷の類よりよほど大きな稲妻が、その容器を襲う。「バンッ!!」 と言う音とともに容器は破裂し、脳は雷が駆け抜けて感電死していた。
「さて、シュバイツァー。お 前は唯一無二の存在になりたいと言ったな」
一部のケーブルが斬られ て、すでに体とのリンクは途絶えている。かろうじて、生命維持のためのワイヤーと意思表示ができるようにと音声や聴覚の感覚だけはそのまま残されていた。
「…どうしてくれるんだ?シ ルフィ・・・いや、フィルリュージュ」
「…どうにもしない。ここで 永遠を過ごせ」
フィルリュージュにして は、やけに優しいことを言う、ソニアルーフィンはそう思った。それはシュバイツァーも一緒で、半分は絶句していたが、すぐにフィルリュージュに話しかける。
「このままここに!?殺しもしないでか!?」
恐怖や不安とかではない、 驚きしかない声だった。
「外の建物は吹き飛ばす。地 下へのハッチも壊しておく。…仮に誰かが来た時・・・」
「俺はまた、なにかをするか もしれないぞ?」
フィルリュージュが途中ま で言いかけたその時、シュバイツァーはかぶせるようにしゃべりかける。
「安心しろ。私もソニアルー フィンも、ソルが機能を停止しない限りは不死だ。なにかやろうとしていたら、すぐに貴様を止めてやるさ」
フィルリュージュはそう言 うと、咢を納刀し、シュバイツァーに背中を見せる。
「お、おい、本気でそんなこ とをするつもりか!?」
シュバイツァーが叫んだ が、フィルリュージュは振り返りもしなければ、答えもせず、出口の方へと向かっていく。慌ててソニアルーフィンもそのあとを追う。
その間中、シュバイツァー は何かを言っていたようだが、二人は無視してその部屋を後にした。
外に出ると、フィルリュー ジュはソニアルーフィンに指示して建物を破壊するように命じる。言霊を使って、建物を一瞬のうちに破壊すると、続けて地下に降りる階段があった辺りをさらに破 壊させた。
「マスター、こんなことだけ でいいんですか!?」
「…あまりに哀れに感じてし まいましてね。だからせめて『生きていて』欲しいと思ったんですよ。…唯一無二の存在でね。シュバイツァーはここを誰かが発見して、あの脳だけの状態で未だ正 気を保って居られれば、誰かに助けを求めるでしょうけど…果たして、正気を保っていられるでしょうかね?」
フィルリュージュがそう言 うと、その場から歩き出す。ソニアルーフィンもそのあとを追う。
「…マスター、正気を保てな い、そう言いたいのですか?」
「いいえ、彼はもう、正気で はいないでしょう。なぜならば、脳の声明を維持する電力は、いまソニアーフィンが建物を破壊した時点で供給がストップしたはずですから。何かの間違いで生き延 びることが出来れば、正気を保てず発狂しているか、電力が゜完全にストップしていれば、『霊体』と言う、唯一無二の存在になり、この世を彷徨うことでしょう。 いずれにしても、シュバイツァーが再び現れることは…95%位はないでしょう」
どことなく、含みを持たせ て、フィルリュージュはソニアルーフィンに告げる。
「残り5%は…」
「何かの間違いがあれば、再 び私たちの前にシュバイツァーが姿を現すと思います。それでも、数十年は先の話でしょう」
満足そうな笑みを見せて、 フィルリュージュはソニアルーフィンの方を向く。
ソニアルーフィンは絶対的 な数字ではないことに不安を覚えていた。だが、当のフィルリュージュはそんなに気にしていないように感じられる。質問して、その真意を問いただそうとも感じた が、ソニアルーフィンは層することを止めた。
「さて、次の『目的』を探さ ないとですね。…ソル、なにかありますか?」
フィルリュージュはそれか ら、再び旅を始めた。その横には常にソニアルーフィンの姿がある。
旅の指示はソルから出た 物、それ以外に街などで起きた事件などの解決など、気が向けば何でもこなしていった。
そして、フィルリュージュ たちの前に、シュバイツァーが姿を現すことは二度となかった
目 次に戻る / 一次作品群メニューに戻る / TOP ページに戻る