なにが「聖」で、なにが「悪」か
第六話/願いをかなえるモノ「願えば叶うなんてことないじゃないか!!」
誰かがそう言った。
その誰か−若い女性の元に「堕天使」は舞い降りる。「何をかんしゃく起こしているんだか…」
呆れるようにその言葉を吐いた女性の下に舞い降りた。
その女性は部屋中に何かの護符のようなものを張り、一段高くなった部屋の隅に
祭壇が飾られている。それが何を崇めるものなのかは堕天使にもわからない。「あんた・・・天使!?」
「まぁ、そんなような存在だけど?」
堕天使の姿を見つけて、その女性は堕天使に殴りかかる。
「どうしてくれるんだ!今までの稼ぎを全部注ぎ込んだって言うのに、いくら経っても願いは叶わないじゃないか!!」
女性はそう言って祭壇を指差し抗議。次には堕天使に殴りかかるといったことを繰り返す。
「まぁ、その辺は私の知ったことではないんだけどね。だって、私が崇める対象とは違うし」
堕天使はそう言ってその女性の両手を掴んで、暴れているのを止めようとした。
「ふざけるんじゃないよ!あんたたち天使は神の遣いなんだろう!?だったらなぜ、私たちのような存在を先に助けようとしないんだ!!」
その女性の言い分としては、願った神が叶えないから別の神にすがり、今の苦境を脱したいと言うことだった。
苦境−その女性にとっての苦境は重労働を課せられる仕事と、働いても一向に楽にならない生活を何とかして欲しいと言うものだった。(今の世の中、誰だって思っていることじゃないか。住む家があって、多少の自由なお金があれば十分だとは思えないんだろうかね?)
堕天使はふと思った。
その女性は広くはないが、キッチン付きの部屋に住み生活も普通に送れていた。
どんな神かは堕天使の知るところではないが、それを崇拝するだけの気持ちとお布施と言う名の自由なお金もあるに違いない。「これのどこが自由だって言うんだい、私はもっと自由な生活を送りたいんだ!!」
堕天使の思ったことを感じ取れたのか、女性は堕天使の胸倉を掴むとがくがくと堕天使の身体を揺さぶるようにして抗議した。
「この世には路上生活して、金も食事も自由じゃない人間だって居るんだ。
どんな神を崇拝して、どれだけ願えば叶うと聞いたかは知らないけど、それはアンタの勝手ってもんじゃないかな?」困ったと言った風に軽く溜息交じりで堕天使は言う。
「お布施を渡せば、護符を貼れば、本尊を供えれば、必ず叶うって・・・」
「言っとくが私は言ってないぞ?」
女性の言葉に堕天使は挟み込むように言った。
女性はそのまま泣き崩れていく。だが、堕天使と言う存在でも話したくなかったのか、胸倉を掴んだ手は
一向に離れる様子を見せはしなかった。「仮にもあんたは天使なんだろう?だったらなんとかしてくれよ!!」
結局誰かに頼ることを知ってしまい、それ以外に出来なくなってしまうと、もう全うに頑張ると言ったことは出来なくなる。
この女性もそうで、何かに頼ることが、単なるお願い事ではなく現実に起こらなくては満足できなくなってしまっているようだった。
もしくは何か一つでも願いが叶い、それで気をよくしているのかも知れない。
だがそんなことは堕天使の知るところでもないし、知りたいとも思っては居なかった。
何とかしてくれ、そう言われた堕天使はまず、目の前でその本尊とやらを地に貶める。
そして片っ端から護符とやらをはがしてしまう。
それを見た女性は悲愴な表情をしていた。でも堕天使の行為を止められはしなかった。
最後に堕天使はどこからともなく、紙で封のされた一束金を出した。
これはすぐには渡さず、その女性の前に見せびらかす格好だった。「それ・・・その額があればきっと・・・」
堕天使はそれを聞き、金と一緒に借用書のようなものを見せる。
だが女性はもう、金だけにしか執着しないようで、堕天使が何を言ってもまったく聞こえている様子はなかった。
数日後、その女性の部屋には前よりも豪華な本尊が飾られていた。
そして、その部屋のドアを妙な格好をしたチンピラが叩いていたと言う。
「最初から他力本願で自分が努力しないなんて、許されるものじゃない。
結局は自分が頑張るからその望みは叶うもの。
神が与えたモノなんてのは結局思い過ごしさ。
だって、神は『願えば叶う』なんて言ってないんだから…。」堕天使はそれだけ言うと、女性の部屋の近くから姿を消した。
第六話 −End−