なにが「聖」で、なにが「悪」か
第五話/過去の自分と今の自分、今の自分と未来の自分「せっかく私が『正しい道』を示してやってるのに、今いる人間は、数十年なんて短い間に入れ替わっちゃうんだよね・・・」
背中に「白い」羽を持つ「天使」がつぶやく。
「儚い人生、だとでも言いたいのかい?」
天使の後ろで、一瞬見た姿は変わらない、しかし「黒い」羽を持つ「堕天使」はつぶやいた。
「…いや、確かに儚いかもしれないが、それ以上に…私たちのやっていることは無意味。…なんじゃないのかな、なんて錯覚を覚えるのさ」
天使は口元に笑みを浮かべてそう呟いた。
堕天使は表情を変えずにその言葉を聞く。
「でも・・・神に逆らうことは出来ない?」
堕天使はふと呟くと、その言葉に天使は言った。
「当然だろう?絶対である私たちの『主』だぞ?逆らったところでいったい、何の得がある?」「…無意味だと思うことでも、主には逆らわず、命ずるままに、遂行するだけの天使か・・・・?」
堕天使の言葉に、天使は不機嫌そうに睨み返してみせる。
だが、堕天使とて、そのくらいで怯えることも、怯むこともなく、平然とした態度だった。
「私は主に逆らった。その結果が『コレ』なわけだが、でも、それでよかったと思ってるよ。」
黒くなった、背中の羽を指差しながら話を続けた。
「何かにくくられた『世界』はひとつじゃない。
その場所に居続けることも間違いじゃないし…そうね、おまえみたいに、すでにある世界を飛び出すことさえ出来ない場合もあるでしょう。
それと同じくして、その世界に居続けることの出来ないことだってあるんだよ。私がその良い例だ。抜け出すのが…逃げ出すのが、正しいことだとは思わない。
だけど、留まるのだって正しいこととは限らない。
…
どっちにするかは、それぞれの自由だから、私が指摘をするなんてことは…それこそ愚問だろうけどね」
「…なにが、言いたい?!」
堕天使の言葉が終わるのを待たずして、天使はその言葉を吐いた堕天使に対して、臨戦体制を取っていた。
「別に、なにも。
…
ただ・・・いつだって、決断しなきゃならないのは『自分』だってことだよな、きっと。
それがあっていようが、間違っていようが、それは…自分の選んだ道。
誰に責任があるわけじゃない。
でも、だから、悩んだりして、時に後悔して…ってするんだろう?
…
人間を導いてやるのが天使の仕事でも、それが絶対に人間にとっての幸せであるとは限らない」
「だから、主を裏切った、か?」
堕天使の言葉に、天使は訊ねた。
だか、堕天使は曖昧な笑みを浮かべて見せるだけで、何かをしてくる様子はなかった。
そして、天使とは違う場所を見つめる。
「さぁね。自分でも、なんでいま、堕天使をしているかなんて知らないよ。だけど、これが私の望んだ、進む道だからね。
…おまえも自分の好きな歩み方をしてみるのも良いんじゃないのかな?
もっとも、それで道をはずしたからって、私の知ったことではないけどね」
それだけ言うと、堕天使はその場から姿を消す。
残された天使は、うつろに空を眺めている。
「…少しの勇気、か?主に逆らうのもまた、道だと言うのか?
・・・居心地のいい場所、そうでない場所。抜け出す勇気、居続ける勇気。
…
…私はどっちに転ぶんだろうな?」
天使は堕天使の消えたその場所を見つめて、呟いた。
第五話 −End−