なにが「聖」で、なにが「悪」か
第三話/叶った願い時に堕天使は、人間の願いを聞いたりしている。
人間は、天に、神に、願い事を告げることが多い。
そんな願い事を聞き、叶えるきっかけを与えるのは「天使」や「神」の仕事。
だが、この堕天使もまた、かつて天使であった頃を思い出すのか、はたまた堕ちたきっかけ故に願いを悪用するのか、人間の願い事に耳を傾ける事が多い。
人間の中には、色々と特異な性質を持った者が存在する。
そして、それら特異な性質は、神に繋がるとか、超常現象を起こすとか、他人の未来を見るとか、見えないモノを見るとか、「常識」を一脱するものが多いと云 う。
そして、ココにもそんな特異な性質を持った人間が現れた。
「何をしているの?黒い羽の天使さん」とある少女が、堕天使にそう語りかける。本来、人間に姿を確認することは出来ないはずの堕天使を、この少女は見つめていた。
「・・・私が見えるの?」
「うん、黒い羽、白いリング。そして、神秘的なまでに真っ白な衣」
堕天使はきょとんとした表情で、その少女を見つめていた。
「私以外にも、天使だったり、天使ではないモノだったりを見ることが出来るの?」
「んー、どうなんだろう?でも、貴方のような天使さんに会ったことはあるよ」
少女はそう無邪気に笑う。
だが、堕天使には、その無邪気な笑顔がどこか、濁って見えていた。
「…なんで、私に声をかけた?」
「そう…ね。願い事を聞いて欲しかったから、かな。『天使』って、神の仕いなんでしょ?」
そんな問いに、肯定も否定もせずに居る堕天使。
「願い、って?」
堕天使の問いかけに、少女は笑顔で答え始める。
だが、その願いは・・・
親しい友人への嫉妬、世の中への不平や不満、余裕の無い人々への叱責、それらの消滅。(なるほど、どうも濁りが見えたのは、コレの所為か。)
堕天使は妙に納得していた。
「出来るでしょう?このくらい、容易いよね」
少女はそう言って、堕天使に今すぐ、願いを叶えるようにと言って来た。
「そうね、簡単な事だよ」
そう呟いて堕天使は、少女の前に立つ。
その行動に不思議そうな眼差しを向ける少女。「…私はね、普通の天使じゃないの。この漆黒の羽がそれを物語っているんだけどね。でも、天使と同じく、神にも通じているのも確か。だから、願いは聞い てあげる、叶えてあげる」
そう言う堕天使の言葉に、少女は満面の笑みを浮かべ、喜びを表した。
「貴女は、大袈裟に言えば『気に入らない他の、何もかも』が無くなれば満足するんでしょう?」
「ええ、そう。私は私の思うようにしたいの。だから、邪魔な友人や非道で自分のことだけしか考えない大人たち、そんな世の中を作ったその他大勢の無責任 な人間が居なくなれば良いと思う」
少女は堕天使にそう言い、言葉を続けた。
「そうすれば、ココは争いも無くて、ぎすぎすした関係もなくて、すっごく過ごしやすい楽園になるでしょう?
他人への憎悪も怒りもなくなるし、そもそもそんな邪な考え方をする必要がなくなるもの。良い考えでしょ?」「そうね、楽園・・・か。意外と人間の多くは、そんな楽園…窮屈で面倒な関係のない、すっきりとした場所を求めていたりするのかもね。
…じゃあ、願い、叶えてあげる」そう言うと、堕天使は・・・・・。
「な・・・何故?!」少女の心臓を、自らの腕で貫いていた。
「…私の願いは…死ではない…」
「うん、殺しはしないよ。だけど、生きてもいけない」
「…イヤ!私は…楽園に・・・」
「そんなの、『理想郷』でしかないさ。そもそも人間界が複雑なのは、人間たちが仕組んだ事だから。そこから逃げ出そうなんてことは、するだけ無駄だよ。 だから、いっそのこと、貴女の方を消してあげる。
これで、気に入らないモノとの関わりは無くなるよ。よかったね」堕天使はそういいながら、少女の心臓をわしづかみにして、引きちぎる。
ドクンドクンと脈動だけを続ける心臓を見つめ、堕天使は笑みを浮かべている。
そして、目の前で自分の心臓が取られた少女は、愕然とした表情で心臓と、ソレを奪った堕天使とを交互に見つめている。「…生きていなかったら、楽園には行けない・・・」
「…そうね。でも、貴女に用意したのは、生でも死でもない状態。言い換えれば『無』の状態だよ」
「何も無いの?!そんなの・・・。」
「イヤだ、と言われても、ソレを望んだのは、願ったのは貴女。
…人間界には、幸福も憎悪も好きも嫌いも嫉妬も好意も、全て必要。あなたの言うような、それらを表現・体現している人間を消すことは出来ないんだよ。だか ら、いっそのこと、貴女に消えてもらったの。
これなら、貴女の望みも叶うし、人間界の均衡も保てる」「…そん・・・な」
「ほら、少しずつ見えてくるでしょう?あなたの理想郷」
少女の瞳がうつろになってくる。
しかし、その少女の表情は逆に、幸せに満ちた顔に変化して行く。
「・・・だけど、その理想郷が、必ずしも幸福だけをもたらすとは限らないよ」堕天使がボソッと呟く。
その瞬間、少女の表情は凍りつく。そして、それと同時に…彼女の身体は灰のようになって崩れ去った。
「自分勝手も自由だけどさ、本来人間がすべき事を放棄してまで、幸せを求めちゃダメだよね。ソレを放棄したければ、自分の存在を消すしかない。
だけど、ソレはあまりに安易過ぎるさ。存在が消えて、よくなるなんてことはない。悲しみが、淋しさがあふれるだけだから。なんのために自分が存在するの か、その理由を生涯まっとうしつつ、探して欲しいものだね」堕天使が照れながら、灰に向かって語りかける。
「自分を消したいと願う人間。でも…私が見つけたら、楽には消えられないよ。
だから・・・消えようなんて思わないで。今一歩、立ち止まってくれ。
意外と…人間界にある色々な『悪い事』も、捨てたもんじゃないし、それがなくなったらきっと、今の世の中は終わってしまう。
自分が変えれば、自分が変われば、それらもまた、違った見方が出来るようになるはずさ」
堕天使は、地を蹴り、宙空に舞う。そして、ごちゃごちゃした人間界を見下ろしながら、羨ましそうな目で、見つめていた。
第三話 −End−