Angel's  Whispers 〜天使のささやき〜 Vol.2



 小学 校が今までは2クラス30人 学級だったのが、中学入学と同時に突然7ク ラス40人学級になり、それまで小 学校で普通だったルールは大半の別の小学校出身者たちのルールに変わった。戸惑いはあったが、順応していかなければならない。一ヶ月も経てば、別学校のルール も、中学校のルールも、慣れてしまうものだった。

 そ んな時だった。

 出 席番号でたまたま前にいた相手が話しかけてきた。それも突拍子もなく。

「好きなんだって」

 彼 は少し離れた場所にいた女の子を指差して言う。が、あまりに突然過ぎてこちらもどう反応したらいいかわからない。

「ふーん」

 と 言うのが関の山だった。それが彼女にとってどんな反応に写ったかはわからない。学校でその娘が話し掛けて来ることも、再アタックをする事もなかった。


 小 学校高学年にもなれば、基本三教科(国語、算数(数学)、英語)位は塾での学習も余儀なくされる。誰の ためなのかわからない高校受験のために、元々文系だった頭を無理やり理系に変えられて、次々によくわからない数式やら、異国の文言を叩き込まれる。嫌々なが ら、月謝も払われているので無下には出来ないその塾に通うことになる。

 な んの巡り合わせか、偶然?必然?通う塾に中学クラスから同じクラスの、あの娘が通うようになった。あと になって知った事だが、その娘は自分が通う塾を探し当て、入塾したのだそう。

「やっと見つけた。私はまだ、諦めてないからね。いつか きっと振り向かせてみせるから、覚悟しててね、皆方くん」

 彼 女、小林心春(こばやし こ はる)は不敵にも堂々と、塾の授業が終わり皆が遅い帰宅を余儀され た中で、俺‐皆方琴博(みなかた こ とひろ)に 指を指して言ってきた。


 琴 博は別に、心春が嫌だとか、そう言う類いの感情を持っている訳でもなければ、徹底無視を決め込むような必要もなかった。端的に言うと、自 分はまだ幼い…女の子と付き合うと言うのがどう言った事なのかがわからないだけだった。たぶん、心春もそれには気付いているのだろう。だ が、特別なにかをしかけてくるわけでもなく、学校ではごく普通に過ごしていた。回りの目を気にしている のか、琴博の最初の態度は誰もが見ていた為、気まずいのか、そうそう近寄っては来なかった。

 そ んな中、琴博の小学校からの友人が女の子に追い回されている光景を良く見るようになった。琴博は心春が 同じような態度に出て来るのではと警戒もしていたが、心春があからさまに追いかけ回すことはなかった。

 時々、 女の子同士で話しているとき、心春が「実は本命がいて、アタックしている」と言う話をしたりしていることはあった。夏休みの近い、六月中旬位の出来事。

 一 方の塾では、あからさまに行動してきて、良く琴博と心春が並んで座って居るところを見かけた。だが、心春にとってはまたも壁が現れる。塾は成績の良いクラス(平均以上)と 良くない(平均程度かそれ以下)の クラスに分類されていたが、これまで琴博も心春も上のクラスだったが、夏を前に琴博が下のクラスに行くことになってしまっていた。

 ま た、良くないことに、この頃に琴博から言われたことがあった。「父親の実家に引っ越すことになる」と言うものだった。塾は続けるとの事だったが、心春にとって は会う機会が減ってしまう事を意味していた。一つだけ、心春にとって嬉しかったのは、引っ越すことをちゃんと琴博が言ってくれたことだった。その分、見込み薄 と言うわけでもない、と、心春は思うしかなかった。


 夏 休みまであと二週間。

 学 校は期末テストも終わり、半日授業に突入していた。琴博の友人は相変わらず追いかけ回されていたが、特別なものでもなくなってきた。むしろ、逃げる理由がどこ にある、とまで言われるようになっていた。

 そ んな話を聞いた心春は、改めて、琴博を放課後に呼び出すことにした。心春は部活に所属するが幽霊部員、琴博はバスケ部で、一番背が高い事から有望されていた が、実際、引っ越してしまっては意味もない事だった。部活の始まる直前、琴博は心春の呼び出しに応じてくれた。しかも、部活にはもう出ないと言って、制服姿の 琴博が心春の前に現れたのだった。

「もう、部活に出ないって…」

引っ 越すから、部に居ても仕方ない。転校先の部で練習するのがいいよ。それより…話って、今更なことでしょ?」

 半 分、心配になった心春は琴博に聞いたが、琴博も自分が考えるように動いた結果と知り、安堵した。

「今までは逃げる感じだったけど、今日は来てくれたんだ ね、ありがと」

 心 春は改めて、中途半端な形でもなく、逃げるでもなく、姿を見せた琴博に礼を言う。琴博はたいしたことじゃないと鼻の頭をかきながら苦 笑いをしていた。

「で、琴博君の言う、『今更 なこと』ってなぁに?」

 くすくすと笑いながら心春 が琴博に訊ねてくる。琴博は少し戸惑った風に見せる。

「ん…そのぉ、付き合うって こと。友達とかって相手として俺を見てるわけじゃないでしょ?塾に限ったことだけど、隣に座ってみたり、授業中にメモを投げたり…」

 琴博が言うと、「ご名答」 と言うような笑みを浮かべて心春が琴博に告げる。

「改めて言うね。皆方君、わ たしと付き合ってください。学校が違っちゃうのは残念だけど、塾でお互いのことは確認できるからね。お願いします」

 心春は丁寧に右手を出し て、お辞儀をしながら琴博に言った。ここまでされて、無下に断ることは出来なかった。そっと心春の右手を握って、心春が顔を上げる瞬間に琴博も笑みを浮かべ る。

「どうなっても知らないよ? 覚悟のうえと了解を得たと言うことで、よろしく」

 琴博が言いながら握手をす る。心春は満面の笑みで琴博に抱き付いた。


 夏休み。

 塾の夏期講習が早朝から あったが、心春と琴博にとっては好都合だった。

「琴博は学校の宿題と塾の宿 題と、きちんと両立できてる?」

 中学一年の夏、だが、心春 は琴博が自分の学力から離れて行ってしまうのを恐れていた。心春としては、それなりの進学校に一緒に進み、そのまま大学に入って、場合によっては学生結婚を、 なんてことを考えていたりするからだった。だが、琴博の方は将来にやりたいことがあって、その方向進む予定を立てていた。

「両立は一応できてるよ。心 春のおかげでわからない場所についても理解できるようになってるからね」

 時々、心春は琴博を呼び、 塾の授業内や宿題に対しての勉強会をするようにしていた。それは心春の家が主だった。と言うのも、琴博の家は引っ越し準備の真っ最中だったからだ。このころか ら、互いを名前で呼ぶようになっていた。もちろん、塾などの公の場では苗字で呼んではいた。



 そんな付き合いを始めてか ら、月日は流れて中学三年、進路を決めなければならないような時期。

「心春は県下有数の進学校希 望。だけど俺は…出来たら工業か商業に行きたい。…この差をどうやって乗り越えていくか…」

 と、一人悩む琴博が居た。

「どーしたの?琴博」

「塾でそれは禁止のはずだ よ、小林さん」

「むー、お堅いんだから、皆 方君は。…進路のこと、悩んでいたの?」

 なんで塾の教室に一人残っ ていたか、それを創造するのに心春の想像はそう難しくは考えなくてもよかった。

「うん、まーね。…心春はま た、ちょっと離れちゃっても我慢できそう?」

 琴博はそう言って、心春の 意見を聞く。

「んー、土、日のどっちかに 会ってくれれば。ホンネは離れたくはないけど・・・」

 心春はそう言って、琴博の 背中に抱き付いた。その重さが、自分が背負っている、付き合うと言うことのむずかしさなのかと琴博は考えたりもしてみた。

 現状の成績では、実は琴博 は心春と同じ学校へ行くのは難しい状況だった。心春は自分がランクを下げれば良いことだと言って聞かない時期があったりもしたが、先に進んで行きたいと言う心 春の気持ちをランクを下げるなどの理由で断ち切りたくはなかった。それも含めて、琴博自身は心春はきちんと行きたい学校に受験して、更なる高みを目指してもら いたい、と言うのが琴博の考えだった。

 このことを心春に伝えた 時、半分は了解したと言うものの、全面的に返事をするのはイヤだと駄々こねた。休日に必ず会う、これは絶対の約束として一番最初に提示された。他にも浮気やほ かの女子と朝日に行くなどは言語道断だと心春は言った。琴博は「そんな勇気は持ってないから、大丈夫」と言って心春をなだめようとしたが、心春は「これだけの 良い存在を狙わない女子だっているはずなんだから」と言って、絶対の約束とされた。

 そして、最後に一つ、必ず と言う約束をされた。

 心春は通常通りに進学校で 勉強をする。琴博は工業系か商業系の学校で、だが、進学のための基本五教科をがむしゃらに勉強して、心春の学力に追いつくことを約束された。同じ大学に通うた めに。

 頻繁に会うのは再び三年の 我慢。だが、塾が無くても休日に会うと言う約束はされているので、心春は一抹の不安を抱えながらも、そこに安心を求めることにしていた。


 心春が受験した高校の合格 発表の日。

 複雑な心境の元、心春はこ の学校の合格発表を見に来ていた。まだ、カップルと言うような二人組を見かけないのが幸いしているが、この高校に入学すると、普段から顔を合わせていた琴博と なかなか会えなくなってしまう。そんな不安を持ちつつ、受験強を手に合格受験番号が掲示されている前まで来た。

 ちょうど、そんな時だっ た。

「早いね、心春」

 突然声をかけられた。この 学校を受けた人間は少なくないものの、それでも心春が声をかけられるような友人たちは別の学校を受けていて、心春が声をかけられるようなことは無いはずだっ た。びっくりしたのと、疑心暗鬼になっているのとで、思わず不機嫌そうな顔をして、誰の悪戯だと後ろを振り返る。その相手は、心春の肩に両手を乗せて居たまま だった。

 振り返ったそこには、琴博 の姿があった。心春はその姿を見て、あっけにとられるような、なぜここに琴博が居るのか理解できないと言った表情で見つめていた。

「なんなだよー。喜ぶかと 思って来たのに」

 悪びれた様子もなく、琴博 はそう言って、心春の頭をポンポンと軽くたたいた。

「こ・・・琴博。なんでこん なところに琴博が居るの!?

 それもそのはず、琴博は工 業か商業の専門系高校に進学の予定で、これから先はなかなか会えないと言う話までしていたのだから。なのに、ここに琴博が居る。琴博は成績と言うよりは人柄で 推薦で高校に行くことが出来そうだと言うことまで話されていたゆえに、琴博がここにいる理由が全くわからないと言った心春の表情を見て、琴博はちょっとバツの 悪い表情をしたが、それも一瞬でここにいるのは当然だと言いたそうな堂々とした態度で心春に言う。

「なんで、とはご挨拶だ なー。大切な彼氏が必至に頑張って、彼女と同じ高校を受けたって言うのに」

 そう、琴博は心春に内緒で 心春と同じ学校を受験していたのだった。

「…推薦入学の話は?」

「ああ、あれは…まぁ、先生 からは勧められていたんだけど、蹴った。その代わりに塾の先生にお願いして、添削とか色々と教わって、ななんとか心春と同じ学校を受けられる偏差値が安定する ようになったんだ。だから、塾の先生も太鼓判をおしてくれての受験だったんだよ」

 琴博にとっては、推薦で入 学できれば筆記試験を免除出来て、今までの成績だったとしてもぎりぎり、それこそ本気で人柄だけを武器に入学できると言うはずだった。だが、当の本人はそれを 蹴ったと言う。猛勉強の末に、この心春と同じ学校を受けたと言う。

「・・・で、でも・・・」

 困惑する心春をしり目に、 琴博は心春の受験票を取り上げると、合格発表用の掲示板を見に行ってしまう。慌てて心春もそのあとを追う。

 掲示板に、琴博は心春の番 号を見つけ、心春に受かっていることを伝える。そして、「運命の時間だ」と言いながら、琴博は自分の受験銀号を見つける。本人的には、もう太鼓判まで押された 学力になっていたので、間違いなく番号は有る。果たして、琴博の受験番号はそこに存在していた。

「やったぜ、心春!!これで同じ学校に通えるようになったってことだ!!

 琴博が喜んで心春の肩を 持って前後にガクガクと揺さぶる。

 一方の心春はその状況を確 認して、全身の力が抜けてしまったのか、立っているのがやっとで琴博がガクガクと揺さぶってきても、それに対してなにも抵抗することはできなかった。ただ、涙 だけが頬を伝う。

「・・・・・・な、なん で…」

「ごめんごめん、言ってな かったのは謝るよ。だけど、やっぱり心春が心配事を抱えるのは嫌だったし、俺も心春の存在、なくしたくないからね」

 心春が伝う涙もそのままに 琴博に訊くと、琴博はその涙を手で吹きながら誤りを入れてきた。そして、自分には心春が必要だとも言ってくれる。

「・・・それと、随分前に気 付いていたことなんだけど…俺、結構嫉妬深いんだわ。だから、クラスメイトだからと、俺以外の男と仲良くされても困るし、それを別の学校で想像しているとなる と、勉強どころじゃなくなって、退学になっちゃうかもしれないって感じだったからね」

 真剣な顔をして、琴博は心 春に言う。それを聞いて、心春はまた涙があふれてくる。

「…嫉妬深いか。私も一緒だ なぁ。別の学校で勉強している琴博が誰かとなかよく話しているのを感じると、居てもたっても居られなくなるのは事実だからね」

 心春はそう言うと、ぎっと 琴博を抱きしめた。

「もう、琴博は私だけのも の、私は琴博だけのもの、お互い同じ学校で同じように勉強して、休み時間は二人で話したり…。だけど、一番そばに居たかった人が居てくれるのが一番うれしい」

 ぐすぐすとしながら、心春 はそう言った。その頭を琴博はまた、ポンポンと頭を撫でた。

「俺もおんなじ気持ち。これ までもこれからも、ずーっとよろしくな、心春」

「うん、こっちこそ、よろし くね」

 そう言った心春の口が不意 にふさがれる。やることは増せてると言われそうだったが、それは気にせず、琴博は心春に口づけた。それを感じた心春は、琴博が離れて、少し照れている琴博を じっと見つめて、首の後ろで手を組んだ。

「大好きだよ、琴博」

 そう言って、もう一回今度 は心春から口づけた。

 これから二人、高校生活か ら足並みをそろえて、ようやく出発点に立った感じがしていた。

 二人はうなずくと、手をつ ないで学校を後にした。


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