五つ目の不思議
最近は洋風に見せた外観で、中はまるでファミリーレストラン。
そんな喫茶店が多いが、私はそんな中にある、路地裏に
ひっそりたたずむ喫茶店を探すのが趣味だ。
そんな喫茶店…帰化所からそう離れていたいのに、気づきも
しなかった場所に存在していた。
カラン…
カウベルが、客の出入りを管理しているようだ。
私は中に入って驚いた。関東では過去にいくつかのしんさいがあり、
特に関東大震災と、
東京大空襲が新しいところだが、その惨状にも耐えたとしか思えないほどの
アンティークのお店。
6人程度のカウンターとテーブルが6台。椅子だけは4脚。
私は何となく手前から3つ目のうんたーに座る。
カウンターの中では、マスターがコーヒーミルで、豆を実際にひいているところだった。
ふと顔を上げると、そこには「当店では決まったメニューは置いていません」と
張り紙がある。
どういうことだろうと思いながら、カウンターのマスターをみると、先ほどまで
引いていたコーヒーを
サイフォンに手際よくセットして、下のアルコールランプにマッチで火をつける。
しばらくして私の前にコーヒーなのにどこか甘い香りのするコーヒーを出してくれた。
「お嬢さんはこの店は初めてですな。…お嬢さんにしかだせない、お嬢さんのコーヒーでございます」
マスターは丁寧な口調で言って、私にそのコーヒーを私のほうに勧める。
一口、口の中には感じたことがあるのだが、本来バラバラに使うだろう材料が使われていることに
気が付いた。
「基本は…エメラルドマウンテン…それにメープルシロップ、香りづけにミントの葉
いかがでしょう?」
私がそのコーヒーに使われたものをいうと、マスターはにっこりと笑顔を浮かべて、
私のその推理を見事と褒めてくれる。
喫茶「琥珀」
字は 違うが保田氏も同じ「こはく」、マスターにその琥珀意味を訊ねる。
自分は「小白美玖」というが、この店の琥珀、おそらくはコーヒー色の琥珀を
意味しているだろうが、それ以外でも?
私が聞くと、マスターは驚いた顔をして言う。
私もね、男ながらに「琥珀翠紅(こはくみく)」というんですよ。
コーヒーとかけて名を決めたんですがね。
それから他愛もない話に付き合ってくれたが、その間に客はこない。
このように古ぼけた喫茶店は、見えない人には見えないものですよ、美玖お嬢さん」
会計間際にマスターはこんなことを言った。
数日後、その喫茶「琥珀」を再び訊ねて見たが更地になって放置されていたのか、
あらゆる雑草が生い茂っていた。私はあの喫茶店を出る間際にマスターの言った言葉を
思い出す。
しばらく、休養を取って旅でもしようか。
そのときそんなことを想った。そのうちどこかの地で、喫茶「琥珀」と、同姓同名の
マスターに出会える日がまた、来るかもしれないからだ。